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序章 生徒会長の表と裏

「……であるからして生徒諸君には節度ある態度で――」
 総勢五〇〇人を超える生徒が朝早くから体育館に集められている。まだ若く社会を知らない視線が向けられている壇上では一人の教師が口をせっせと動かしている。熱心で真面目な性格の教師は彼此二十分になろうという時間を費やしていた。その内容とは目前に迫っている学期末テストと校外での生活態度についてである。素行の悪い生徒はいないが教師はこれでもかと厳しく注意していた。肝心の生徒たちはというと彼の熱意を塵ほどに感じていない。話しなどはじめから誰一人として真面目に聞いていない。もしも強制でなかったならここに集まる生徒などいるはずもない。だがしかし生徒たちは壇上から目を逸らす事はなかった。皆同じように壇上を見上げている。彼らの瞳は憧れや羨望の眼差しに近い。とても美しいものを見つめる目をしている。熱心に語る教師の方を向いていたが勿論、視線を集めているのは彼ではない。
 生徒の眼差しを集めているのは教師の背後にいる。腰と尻の間まで伸びた黒い髪を時折り揺らすようにして涼しい笑顔を絶やさない女生徒が同じ壇上にいる。彼女は壇上で陰りのある場所に立っていたが母親譲りの青い瞳は眩しく輝いていた。それだけではない、彼女自身から溢れるオーラのような光が全生徒を魅了していた。その学園の女王とでもいうべき人物は教師の背後で自分の出番をじっと待っている。
 女生徒は憧れの女性像として羨望の眼差しを向け、いつか自分もあんな風になれないかと願い、男子生徒は純粋に彼女の騎士になれないかと切望する。誰もが彼女をこの学園、いや世界の女王を見るようにしていた。
「ではそろそろ、年末の行事の説明をしてもらおうかな」
 教師の退屈な話が終わる。教師は生徒の視線を浴びる女生徒と交代して奥へと移動した。生徒たちの視線は彼女の一挙一動にまで向けられる。誰もが彼女の動きを脳内に焼き付けようと瞬きさえもしない。その光景が彼女にも伝わったのかマイクの前に立つと堪えきれない笑みが表れた。
 自分に向けられている好意をその身で受けると彼女の心は昂ぶる。
「生徒会代表、島津麗華です。今年も残すところあとわずか、私を含めた生徒には学期末テストがあるわけですが……もう一つ、私たちの学園にはパーティーがあります。一年生の中にはもう聞いた方もおられるかと思いますが説明させていただきます」
 さっきとは違い生徒たちは彼女の声に耳を済ませる。咳払い一つ起こらないこの場はまるで彼女一人のために用意された舞台のよう。
「来たる十二月二十四日、クリスマスに生徒会主催のパーティーが催されます。参加は我が聖蓮学園の生徒ならどなたでもかまいません。当日に学生証を提示していただければ参加できます」
 一部で喜々として笑顔を作る者が続出する。生徒会主催パーティーの内容を知る者達だ。パーティーの内容は社交界的なものなのだが時期的にクリスマスということもあり盛大なプレゼントを受け取る事ができる。その中身は彼ら学生にとっては少々バイトした程度では買えないような代物が多いとされている。
「ただし!」
 それまで淡々と話を進めていた彼女が最後、声を大きくした。集めた視線から得ていたはずの高揚も消え去る。
 彼女の声は列の最後にまで届き緩んでいた心を一喝した。背を曲げてだらりとしていた生徒の背もびしっと一直線になる。
「ただし、参加者は男女のペア……つまり恋人同士を前提とします。一人でのご入場はできませんのでパーティー開催時刻までに必ず同伴者を見つけておいてくださいね」
 二年三年の生徒は毎年の事だと知っていたが一年生の中にがっくりと力を落とす者が続出した。とくに男子生徒に多い。この学園では男女率がほぼ均等になっており一クラスに約三十人、男女それぞれ十五人となっている。例外もあるがほぼこの数字で間違いない。だというのに男子生徒の大半が肩の力を落としたのは彼女と呼べる人物がいないからだ。
「がっかりしている方もおられるようですが、生徒会主催のパーティーは我が学園の恒例行事でもあります。決まりを守らない生徒は立ち入りを認めないのであしからず。それと、このパーティーのためだけに恋人関係を装うのも禁止です。随分前ですがパーティー内で配られるプレゼントを目的とした悪質な生徒がおりました。ですが、彼らは皆、発覚後には停学処分となっております」
 学園の女王はそう告げて頭を下げると先ほどの教師と入れ替わる。舞台上からは落胆する生徒と視線を交わす一部の男女を見分ける事が容易にできた。教師は咳払いで生徒の注意を再び壇上に戻すと口を開いた。
「各自、パーティーに浮かれる事無くテストに控えて勉強する事。では、これにて終わりにする。生徒諸君は教室へ戻るように」
 ぞろぞろと蜘蛛の子を散らすように生徒が体育館を後にする。なかには島津麗華の姿をその目に焼き付けておこうとしばらくじっとしていた生徒もいた。
 城嶋雄介もまたそのうちの一人だった。
 体育館の壇上で何一つ臆する事無く説明した彼女に視線を送っていた。
 生徒会会長にして学園理事長の孫娘、島津麗華。
 彼女に憧れ以上の想いを寄せる生徒は多い。城嶋雄介の想いも同様であるといえる。この学園に入った瞬間から一目見た彼女に惚れてしまった。だからこれまで他の女生徒に手を出す事はなく彼女にだけその想いを寄せ続けていた。
 今年で二年、なんとしてでも彼女とパーティーに出席する。
 その決意は揺るがない。それもそのはず、今年を逃せば彼女は来年で卒業してしまうのだ。だから今年が最後のパーティーになる。
 生徒会のメンバーと合流した麗華は舞台の袖から姿を消した。
 麗華をはじめとする生徒会メンバーもパーティーへの出席は他の生徒と変わらずに行なえる。主催といっても参加することに変わらない。去年のパーティーでは入場の後、島津麗華は一人特別に祖父である学園長を同伴相手として振舞っていたらしい。他に男の影はないと雄介は知っている。
 つまりまだ脈はあるということ。雄介は古風だったが彼女の下駄箱に校舎裏にある倉庫へ呼び出す手紙を差し込み教室へと戻った。あとは彼女に告白するだけだ。最近、というかこの一年のあいだに彼女が親密にしている生徒の噂と情報はない。彼女の周囲に見る男子生徒は生徒会副会長ぐらいなものだが聞けば彼はまるで僕のように働いているだけだという。
 雄介は時間が来る事を念じながら待った。

 放課後の学園校舎裏。華やかな学園の舞台とは思えない寂れた場所には倉庫が建てられている。用務員ぐらいしか利用しないその倉庫へと黒髪の女王は腕組しながらやって来た。一歩足を前にする度に彼女の髪は風に揺れその繊細さと美しさを見せつける。
 聖蓮学園の上下黒色の制服は幼さを消しまるで彼女のためのドレスにも見える。下から持ち上げられたような豊満且つ大胆な胸は天を向くように張っていた。谷間を隠す制服の胸元で赤いタイが歩くたびに揺れる。聖蓮学園の女子なら誰もが同じ制服を着ているが彼女だけは存在そのものが違っていた。
「私を呼んだのはあなたかしら?」
「は、はい!」
 倉庫の脇とでもいうべき陰になった部分に男がいた。
 返事をするものの声は裏返っていた。
 彼を見れば存在感のなさそうな生徒、見るからに喧嘩の弱そうな男だと誰もが感じるだろう。その実、麗華が尋ねただけなのに緊張で今にも心臓が飛び出そうだったのだ。
 一瞥しただけで彼女は溜め息を漏らした。
「ふーん。で、用件はなに? 私、あまり時間がありませんの、手短にお願いしますわ」
 もはや麗華は彼に目を向けることもなかった。
「ぜ、是非、生徒会長に僕とパーティーに――」
「ぷっ……フフッ」
 彼にとっては全力の申し出だったのだが言葉を全て吐き出す前に麗華が笑いだした。それも嘲笑だ。男子生徒は彼女の笑い声にぞくっとした。背筋が凍るような感覚。せっかくの勇気もなにも彼女には届かなかった。
「失礼。でも、あなたそれは本気で仰ってますの」
「え、ええ、まぁ」
「ええ、まぁ、じゃありませんわよ。あなたが目の前にしているのは誰!」
「え、えっと……」
 必死に頭を動かそうとするものの眼前の彼女に圧倒されて声が出せなかった。ただおろおろと視線を動かしてどうにかしようとするだけの男子生徒に麗華は辛抱できなかった。
「私の名前を言えと言ってるのよ」
「……島津麗華さん」
「そう! 島津家の一人娘にしてこの学園の理事長の孫。島津麗華よ、私は。その私が、なぜ、あなたのような貧弱な男と一緒にパーティーにでなくてはならないの?」
「えっと、それは……」
 麗華の態度は彼が言葉を紡ごうとするたびに荒くなる。
「ほらまた……意志の弱い男は大っ嫌いよ。えっと……とか、あの……とか、馬鹿馬鹿しい。そんな男に私の相手が勤まると思って? それにあなた確か家のほうも大した事のない出だったわね。お父様は何をなさっておられましたっけ」
「え、えと……ぎ、銀行員です。でも別に給料が低いとか、そもそも――」
 ようやくまともに返事ができた。そう思ったのも束の間「そういうことではないのよ」と呆れたように言い放った。
「えっ」
「判らないのかしら。稼ぐお金も大事だけれど人に使われていることが大事なのよ。仮りにも生徒会主催のパーティーに私と肩を並べる男がこの程度ではね」
「そ、そこまで」
 何一つ自分を認めようとしない彼女に何か言いたかった。親なんか関係ないと。自分は自分なのだと。だがそんな時間はなく、発言も彼女が認めるはずはない。
「身の程を知れと言ってるのよ、ゴミが」
「う、うぅ」
 言葉の通り道端のゴミを見るかのような視線が男子生徒の胸を貫く。さらに麗華は手をパンパンと叩いて合図すると彼女の背後や倉庫の周りを取り囲むように男子生徒が現れた。逃げ道を防ぐように現れた生徒はどれも身体つきがよく一人でも充分に見える。
「皆さん、ちょっとこの世間知らずのぼうやに教えて差し上げなさい」
「畏まりました、麗華さま」
 まさに女王の言葉。男子生徒一人に対し向かっていく。
「な、なにを……やめて、やめてえええ」
「顔はやめておきなさい。昔みたいにお腹がいいわよ」
「こ、こんなことして」
「もしもこの事を誰かに言ったら……この学園どころかあなたのお父様がどうなるか考えなさい。私の家がどれだけの力を持っているか身を持って教えて差し上げるわ」
 ようやく笑顔を取り戻した女王は高笑いしながら生徒がサンドバックになる光景を見物した。彼は涙を流し嗚咽を漏らしたが力を弱める生徒はいなかった。骨が折れる手前、体が動かなくなるぎりぎりを狙って実に的確な攻撃を加えて笑っていた。

 生徒たちの暴行が終わり殴られた生徒だけになると城嶋雄介がひょっこり顔を出す。彼は校舎の裏側にある非常階段から一連の光景を見下ろしていた。
「酷いもんだ。もう少し早く来てたら俺がああなってたんだな」
 おそらく先に入れた自分の手紙を彼が入れ替えたのだろう。呼び出した時間よりも早く来たのが正解だった。でなければこの光景は見られなかった。
「学園の女王の素顔があれかよ……でも」
 口にするのも煩わしい彼女の行為。だが雄介の中にはひとつの閃きが瞬く。女王である彼女がそれ相応の振る舞いをしていること、そしてその本性にひどく惹きつけられる。
「ああいう気位の高い女を堕としたらさぞ気分がいいだろうな」
と彼女の笑みよりもさらに高い位置から笑い唇を緩めた。
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2012-12-01 : 小説 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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