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第2話 実の1日

 目が覚めると葵の姿はない。一緒に寝たはずが彼女のことを感じとれなかった。
 身体を起こして寝室を見渡すがやはりない。枕元に置いていた目覚ましはあと5分でセットの時間となる。
 起きあがり家の中を歩く。同じ布団で寝ていたはずの葵を追って彷徨うとすぐにリズム良く鳴る包丁の音に気づいた。どうやら朝食の用意をしているらしい。今朝は葵のほうが調子がいいらしい。
「おはよう、実。今日は早いみたいね」
「おはよう、葵。目覚ましよりも早く起きれたよ」
 そうはいうが身体はあまり調子がいいようには思えなかった。特に不調というわけではないが、寝起きだからなのかダルい。
「顔洗ってきたら朝食よ」
 葵はまるで母親のようだった。僕は洗面所へと向かっていく。
 鏡を見るとやはり自分の表情はいつもと同じである。とするとやはり気の問題だろう。それか仕事の疲れが溜まっているのかもしれない。
 顔を洗って戻ってくるとすでにテーブルには朝食が用意されていた。僕がすぐに手を伸ばすと葵は微笑みながら見てきた。
「どうしたの、食べないの?」
「んん……食べるわよ。でも久しぶりに見られた旦那さまの顔を見てたの」
 またじろじろと僕の顔を見る。
「久しぶりっていっても一週間だよ。それにもう何年も見てるじゃないか」
「その一週間が私にとっては長い時間ってことよ。それとも実は一週間程度じゃまだ恋しくならないのかしら」
「そんな事言ってないよ。僕だって一緒にいたかった」
 葵の笑顔を見ているといつも言い返せなくなる。歳が一緒なのに小さな頃からいつもこうだった。彼女が姉で僕は弟。確かに葵のほうが頭が良いし、雰囲気だって姉っぽい。
 僕は朝食を腹に詰め込んでいく。職場まで時間が掛かるのでゆっくりしている暇もない。葵と久しぶりに一緒にいられる時間は嬉しいがやはり仕事は無視できない。
 着替えて鞄を持って準備が整うとまだ朝日が出て間もない外へ出る。
「いってらっしゃい、実」
「ああ行ってくるよ。葵」
 玄関で頬に軽く口づけすると彼女の顔が真っ赤になった。
 この祖父母が建てた家は立地条件こそいいものの、会社のある都市部まで随分と時間が掛かる。それでも幸運なのはまだ乗客が少なくがらがらだということ。都市部に入る前まではどこにでも座れるようなものだ。
 1人になって電車に乗る。周囲と世界を切断するようにすぐに携帯電話を開いた。片道一時間をただ景色を眺めるだけで終わらせるのはもう何ヶ月も前に飽きた。眠って体を休めるのも僕にはできなかった。人が乗り降りし最終的に押し詰め状態になるのもあって集中もできない。とても小説を読む気にもなれなかった。
 それでも一つだけできることがある。
 携帯電話をネットに接続する。登録しているサイトの欄から例のブログへとアクセスした。

 ―――調教師Sの記録―――
 ブログのタイトルが表示される。画面を下へとスクロールさせていく。
『六月十二日 人妻A 調教三度目
 徐々にではあるが従順になってきた。最初は反抗的だったが、自由を奪って肌の感覚をなじっていく。敏感になっていくのがこちらにも感じるほど調教の成果はある。
 彼女の性感帯が完璧に開発できるまで時間は必要ない。
 ただ、さすがにセックス自体はまだ拒まれているのでしていない。口での奉仕と全身の性感帯を愛撫していくだけである。
 ブログ閲覧者には申しわけないが今回の目的は従順な奴隷の製作なので辛抱していただきたい』
 とブログの管理人である調教師Sの言葉が綴られている。いつもながらに簡素だ。だがその下には画像が一枚貼り付けられている。
 黒い髪の女が口に性器を頬張っている写真だ。目元にはモザイク処理が施されているため素顔はわからない。そのかわり、モザイク越しにもわかる興奮している様子はなんとか見える。
 ……更新はないみたいだな。
 この記事は昨日のものだ。さすがに毎日更新しているわけではない。確認だけしたかった。すぐに電源を切ってしまう。
 日課とまではいかないがこのブログは密かな楽しみだ。
 更新がないことを確認すると僕はなにもすることがなくなって妄想する。ブログの調教師になったら、というものだが通勤時間の暇を凌ぐには最適だ。
 結婚している身としては妻が他の男と不貞を働くのは許せない。もし本当に葵が誰かとセックスしている現場を見たら僕はどうなってしまうのか……おそらく正気ではいられないだろう。しかし、まったく別の家庭があり妻が夫以外の男とセックスしていると考えると、それだけで僕は胸が高鳴る。

 長い時間、電車に揺られて都市部に到着する。家のある碧に囲まれた景色はいっさいなくそこにはコンクリートのビルが犇きあっている。同じように会社へ向かうサラリーマン達に混ざっていく。
 僕の勤めている会社は丸富製薬といって小さな製薬会社である。主に病院で取り扱う薬品を扱っているわけだが薬品の研究を行なう部署を含めても社員は30人といない。
 会社に着くとすぐに足音を鳴らして近付いてくる男がいた。去年入社した後輩の阿部拓哉だ。同じ営業の一人でまだ大学を出たばかりの新米だ。
「おはようございます、先輩」
 茶色に染めた髪が揺れる。スーツを着てはいるがまだしっくりとはこない。どこか幼さの残る容姿をしている。
「おはよう。なんだ、今日は早いな」
「ええ、まあ。へへっ」
 にやにやとした顔をしている。なにか言いたそうなその表情は大体、想像がつく。
「また女か?」
「あっ、わかります? いや~結構前から狙ってた女なんですけどね。ようやく口説き落とせまして、朝までずっと一緒だったんですよ」
「その子は彼女じゃないんだよな」
「当たり前じゃないですか。ヤリたかっただけですよ。あっ、なんだったら先輩もどうです? 回しますよ。あいつ俺の言う事ならなんでも聞くっていってましたから」
 まるで買ったゲームのソフトのようにいう。阿部はこういう男だ。そりゃ下ネタとしての話としては面白いだろう。男としても女とセックスしたというちょっとした優越感を得られる。僕にだってそういう気分はわかる。
 けれどどうにも好きになれない。
「僕はそういうのいいって言ってるだろ」
「また~。真面目なんだから」
 僕が拒否することさえ面白がっている笑みだった。
「でも先輩、奥さんいるんですよね? なら仕方ないっすよね。さすがのオレでも浮気はね~」
 阿部もさすがにその線引きはしているらしい。僕は笑って誤魔化す。
 彼とこういった話をするのは何も今回が初めてじゃない。会社の飲み会でも男だけになるとよくその手の話をする。どこの企業の受付嬢が可愛いだの、営業先の女性社員だのと自慢話にきりがない。
 阿部に一度、本気で彼女を作らないのかと聞いたことがある。そのときの答えは「オレはまだ遊び足りないんで勘弁」とのことだった。
「まぁ先輩は真面目系ですからね」
 軽い男だが心底嫌いなわけじゃない。仕事はまぁまぁできるし僕の言う事もよく聞いてくれる。
 そして通勤の途中に見たあの調教師のブログはこの阿部から教えてもらったのだ。
「ねぇ先輩、あのブログの人妻って気になりません?」
 周囲に人がいなくなると唐突に切り出してきた。安部の場合、大抵その手の話ばかりだ。僕は電車の中で見た画像を思い返していた。
「そりゃ気になるさ。でもどうせヤラセだろ。本当なわけないじゃないか」
「それじゃ夢がないですよ。先輩奥さんいるんでしょ、せっかくなんだからもっとこう色々と想像してですね」
 まるで阿部は葵を例の人妻にあてろと言っているようだった。
 さすがに想像した事はない。確かに葵は僕と結婚しているのだから人妻だ。でもそれだけだ。画像に映っているあのモザイクの女と似ている所など髪の色ぐらいだ。さすがにそれだけではどうにもならない。
 黒髪の女性が世の中どれだけいるのか。それに目元をモザイクで隠せばはっきりいって見分けがつかない。
「無理だよ。それにあの写真じゃ解らないよ」
「そこはほら、男の力っていうか下半身の力っていうんですか。それ使ってですね」
「馬鹿言ってないで行くよ」
 阿部は放っておくといつまでも下品な話をしたままだ。夜ならわかるが朝早くからそんな事ばかり言ってるなんて僕にはできず通路を歩いていく。すると阿部が追うように駆けてくる。
 会社は規模こそ小さいが営業部署だけでオフィスビルのなか一階を貸しきっている。僕らが会社の入っている階にやってくると受付の瀬良百合がこちらに気づいて微笑みかけてくれた。
「おはようございます、沢木さん」
「おはよう。瀬良さん」
 僕が挨拶すると背後から緊張感のかけらもない「ういーっす」という声がした。阿部だ。
「もう、阿部君ったら他の人がいないからいいけど怒られるわよ」
「別にいーじゃん」
 にしし、と笑いながら挨拶する阿部と愛想よく笑う瀬良さん。二人は高校の頃からの知り合いらしい。といっても彼氏彼女の関係になったわけでもなく、瀬良さんがいうには単なる腐れ縁だ。それにこうも言っていた。「私は女性関係にだらしない男の人は大っ嫌いです」と。
「それじゃ今日も頑張ってくださいね」
 彼女の笑みは元気をくれる。阿部と二人、会社の中へ入っていく。営業の人員が揃うと始業開始を待たずに営業ルートが配られた。僕達、営業の人間は時間など気にする余裕もなくすぐに会社の外へと放り出される。
 今日も一日、外回りだ。

 外回りを終えるとすでに夕暮れどころか夜の九時になっている。会社に戻ってきてタイムカードを押す頃にはもう受付は閉まっているので瀬良さんは帰宅した後だ。
 営業に出ている僕らはそれぞれの報告が終わった時点で帰っていいことになっている。パソコンで今日の日誌を作り上げると僕はすぐに会社を後にした。
 向かったのは都内のバーだ。高級ホテルの根元にあり一流とつく会社の社員や役人も来る店だ。僕のような小さな製薬会社に勤務する一営業マンには不釣合いな場所なのだがそこで会う男は他にいい場所を知らないと言って選ぶ。
 バーに辿り着くともう彼はいるようだった。バーテンダーのすぐそばに一人だけ腰掛けている男がいる。僕はその男の肩をそっと叩いた。
「やあ、実。先にやってたぞ」
 親友の海藤信哉だ。僕と違って甘いマスクの男でモデルのような身長をしている。だから昔からよくモテる。同じ男としてうらやましい奴だ。
「いいさ。すみません、僕にも同じものを」
「かしこまりました」
 バーテンダーが棚から瓶を取りグラスに注いでいく。まるで魔法のようにグラスは氷と酒で満たされて手前にやってきた。
 一先ずと僕らは乾杯するとまず今日までの一週間を話した。
 信哉とは一週間に一度、こうやって会っている。お互い就職が決まってからだからもう二年以上はこうしていることになる。
 今日あったことを話していると信哉は何気なく笑って「もう仕事のほうは落ち着いたみたいでよかったよ」といった。
「ホント、助かったよ」
 信哉がいたから、僕は助かったのだ。会社の倒産からすぐに今の丸富製薬に就職できた。そのおかげで生活には困らなかった。彼がいたからこそ苦難を乗り越えられた。
 僕らは二人肩を並べて酒を飲みながら一週間の報告をする。といっても一週間ではたいした話もなく、僕の話題といえば妻のことばかりになっていく。自然な流れだ。
「葵さんも幸せなんだね」
「信哉のほうはどうなんだよ。まだ彼女も作らないのか」
 グラスを一口啜るようにして首を振った。
 出会った頃から今日まで信哉には特定の彼女がいない。僕なんかよりずっとモテるはずの彼だが、特定の女性というものにはお目にかかったことがない。しかし友達は男女共に多く僕の知る人物も多数いる。
「時間がないんだ」
 もしくは「運命的な出会いを求めてる」それが信哉の答えだ。今夜は時間がないだった。でも、そんなはずはない。信哉は昼間でも予約がない限りはほぼ自由に動ける。精神科の医者なので残業もない。いつも定時上がりなのだと前に説明を受けた。
「いつか彼女ができたら教えてくれよ」
「わかってるさ。そのときは一番に教える」
 いつものやり取りだ。ここで一週間の報告をするよりも前からずっと続いている。会話が一区切りすると僕はいつもの様に聞いた。
「そ、それでさ……葵のほうはどうだい? 今日の昼間とか」
 そういうと信哉はまた首を振った。
「守秘義務だ。夫とはいえ話せない。いつも言ってるだろ。彼女のプライベートだって」
「聞き飽きたよ。でも……やっぱり聞いておきたいんだ。妻の様子を」
 この数年、信哉のところへ葵は通っている。僕にはあまり理解できないのだがあの日から通院している。怪我なら見れば解るがそうじゃない。心の病だと見てもよく解らない。
「経過ぐらいならいいか。よくなってるよ、あの頃に比べればね」
「そうか」
「過剰なストレス負担は相変わらずだけど、発散する方法を身に付けてきたからね」
 ふっと笑うと手にしたグラスが空になっていた。信哉はバーテンダーに二杯目を頼み席を立った。トイレらしい。僕は彼の背中が見えなくなると携帯電話を取り出す。一人でグラスを傾けるのはなんだか気が退ける。
 見るのは朝も見た調教師のブログ。だがやはり更新はない。昼間は忙しくて見る暇がなかったからもしかしたらと思ったのだが向こうも忙しいらしい。表示された画面を下へとスクロールさせていくと過去ログを表示させる。
 現在調教されている人妻とは別の女が出てくる。人妻が調教されだしたのはここ一週間のことだ。それ以前は髪の長いお嬢様風の女だった。プロフィールには大学卒業からすぐの女だとあった。調教される前は処女だったが最終的には前も後ろも拡張され全身にピアスが装着されている写真があった。
「何を見てるんだ」
 今度は僕が肩を叩かれた。足音が聞こえなかった。
 携帯電話をさっと折りたたむが信哉は「中身を見たぞ」と言った。
「いや、ちょっとハマっててさ」
「どんなやつなんだ。俺にも教えてくれよ」
 信哉が下ネタに飢えているとは思えない。けれど逃げる事もないだろう。僕は彼にブログの詳細を簡単に説明した。するとちょっと笑いながらそのブログを読んでいく。
「へぇ、なかなかよくできてるな。で、この女性が葵さんにみえると?」
 一瞬、心臓が撥ねた。
 何を言い出すのか。
「そうじゃないよ。ただダブって見えるっていうのかな。絶対に違うんだけどもしかしたらって……いや違うんだけどさ」
 そんなはずはない。ただちょっと『人妻』という言葉がそう感じさせるだけだ。
「ふうん。なぁ」
「なんだよ」
「もしよかったら相談できる相手を紹介しようか?」
「相手ってどんな」
「俺の先輩さ。俺が自分の道を決めたのも彼女の存在が大きくてね。こういう話をするなら俺よりも良いと思う」
「話が大げさになってないか?」
「心配してるからちょっとしたアドバイスだよ。なにかと気苦労の絶えない親友のためさ。まぁお前が乗り気じゃないならいいけどね」
 そう言ってくれるのはありがたいが何もそこまでのものじゃない。僕は単純にエッチな妄想に使っているだけだ。
「その先輩ってのはどういう人なんだ?」
「ん? ああ、大学の先輩でね。人間の<心>に強く興味を惹かれた人さ。最初からその一点においてのみ興味を持ってたな。大学卒業後、三年ですぐに独立したよ。色々と手を尽くしたみたいだけどね」
「それってなにか」
 悪いことでもしたのかと訊こうとしたが信哉は待ったをかけた。
「そういう意味じゃないよ。彼女は常識人だ。ちょっとのめりこむ部分はあるけどね」
「そっか」
 信哉は僕のほうへ正面を向く。
「先輩は自分の研究に熱心なんだ。それもびっくりするほど……そこでさっきの話に繋がるんだけどもしお前にその気があるなら被験者として紹介もできる」
「被験者?」
「被験者ってのはいいぞ。研究の役に立つだけでなくお金が稼げる。ちょっとした報酬さ」
「報酬か……」
「おっ、ちょっと乗り気だな」
 ちょっと……ほんのちょっと好奇心のようなものがはしゃいだだけだ。
「べつに金が目的ってわけじゃないよ。そういうのもあるんだなって思っただけで」
「いいさ。悪い事じゃない。先輩も金目的でいいっていってたしな。でも俺としてはそういう、もやもやした気持ちは誰か相談役を作ったほうがいいって事さ」
 精神科のお医者様がそういうのならと僕は悩む。でもそれだからこそ目の前には親友がいる。
「俺を選んでくれるのはいいけど、できれば別の人のほうがいい。仕事柄そういうのは聞きすぎてるからね。できればここでのプライベートな時間にしたいんだ」
「そう、だな。僕も信哉との関係をこじれさせたくないしね」
 それには賛成だ。親友との飲み会を相談の時間になどしたくない。
「一度先輩と会ってみろよ。それで気が合わなかったりするならその時は俺が話し相手になってやる」
「すまないな」
「いいさ、慣れてる。これが先輩の名前な」
 さっとスケジュール帳を取り出すとメモ用の一枚を破りペンを走らせた。
「水嶋椿か……」
「言っとくけど凄い美人だからな。浮気するなよ」
 いつもとは違っていた。最後の一言が強い口調だった。
「しないよ」と即答する。
 信哉は笑っていた。彼はいつも冷静で起こったところや落ち込んでいるところはほとんど見たことがない。それほどの美人なのだろうか。
 僕らはまた酒を飲み、いつものように笑ってすごした。
 家に帰るまでの道のり、水嶋椿という名前と連絡先をメールで受け取る。病院の場所も丁寧に書いてある。明日にでも行ってみよう。
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