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第4話 催眠療法士 三嶋椿

 自然と目が覚める。隣りでは葵が寝ていた。寝息は小さく正確な時間を刻むように繰り返される。しばらく実は葵の寝顔を見ていた。いつもなら彼女は先におきて朝食の用意をしている。しかし今朝は違ったようだ。
 彼女を起こさないようにベッドから出ると風呂場へと向かう。途中リビングのテーブルに片付けていない缶ビールが二本、コンビニ弁当の箱と共にあった。昨夜、実が帰ってきたとき明りをつけずに寝室へ向かったので気づかなかった。
「酒を飲んだのか……」
 実は酒への抵抗力はそれほどにある。海藤と飲んだ量はテーブルにある缶ビール二本をもう1セット増やしたぐらいだ。全部で1リットル弱になるが頭は充分に働く。くらべて葵は全くといっていいほど酒が飲めない。味に抵抗があるわけではない。アルコールに対しての耐性がほとんど無い。缶ビール二本でも眠りにつく。
 だから彼女は外では一切飲まない。
 弁当箱と缶ビールを片付けると実はシャワーを浴びる。身体を拭いていると何かが動いている気配がした。どうやら葵が起きたらしい。またリビングへ戻ってくると朝食の用意をしていた彼女がいた。
「おはよう。なぁ……昨日なにかあったの?」
「えっ?」
「だってビール飲んでただろ」
 葵が酒を飲むときはたいてい何か理由がある。それも良い事よりも悪い事があった時のほうが多い。彼女は何かを忘れようとしたときにこそ酒を飲む癖があった。
「ああ、あれね。片付けてくれてありがと。でも何も無いわよ。ちょっと仕事でね」
「仕事って……休みじゃなかったの?」
「休みだったわよ。事務所に顔を出しただけ、そこでちょっと新しい仕事ができてね。まぁ……朝からこんな話をするのはなんだし食べちゃいましょ」
 その手にサラダを盛り付けた皿があった。彼女は実を席に着かせる。実はというと彼女の仕事への執着心にまたかと呆れるようになっていた。
 仕事への熱意は認めている。彼女が仕事をしているおかげで今の生活が成り立っているところもある。なにより自分が離職したとき支えてくれていたのは他でもない葵だ。だから彼女の仕事に対してなにも口を挟むことはできない。
「わかったよ。でも何かあったら言ってくれよ。弁護士の仕事ってのがどれだけ大変かは解らないけど愚痴を聞くことぐらいはできるんだから」
「ありがとっ」
 タイミングよく食パンが焼きあがる。テーブルに並べられた朝食を食べはじめる。いつもと変わらぬ朝だった。
 朝食を食べ終えるとすぐに私宅を整える。テレビの左上に表示されている時刻は七時台だったが、二人にとってそれもいつもと変わらぬ光景である。仕事の開始時刻は違うが同じ時間に家を出る。同じ電車で揺られて仕事場へ向かう。途中で分かれるまではずっと一緒だ。
 いつものように出社し一日分の営業ルートを確認する。
 なにもかもいつもと変わらない事務的な手続きだったが新たに一件、営業先が増えていた。首を傾げていると上司が肩を叩いた。
「これね、無理だとは思うんだけど、いちおう、あたって欲しいなって」
 そういうが顔はできるよね、と言わんばかりににやついていた。
「言われましてもね……阿久津病院か……」
 病院が買う薬というのはどこも繋がりがあってはじめて成立する。特に大きな病院では製薬会社との深いつながりが優先されて薬の性能は二の次とされる。それは社会では暗黙のルールで実もここに就職してから嫌というほど目にしてきた。
 丸富製薬はまだできたばかりでどこの病院とも深い繋がりがない。薬の性能はよくてもやはりそこに信頼関係がなければ成り立つ話ではない。ましてや巨大なグループともなれば尚の事。
「期待しないで下さいよ」
「わかってるよ」
 面倒なことを押し付けられながらも受付の瀬良に「いってらっしゃい」と笑顔で言われるとやるしかないと会社を後にした。
 一人になると営業ルートを周る。営業の仕事で一番の得といえば時間管理が自分でできる事。病院を回り話をする。なかには会う事すら面倒がってなにもできないときがある。そんなとき時間に隙間ができる。実は度々どこかで休む時間を作っては携帯電話を弄る。
 無論、アクセスするのは調教ブログである。大抵病院内のトイレに入り更新をチェックする。四方を壁に囲まれた場所が落ち着く。
 先日は更新が無かった。今日はどうだろうか。そう思いながらアクセスすると新しい記事が増えていた。

『人妻A 調教四度目
 前回の調教で自分の立場がわかってきたようだ。そこで全身愛撫とバイブによる性器の調教を行なった。あまり性経験の無い彼女の身体は性に対する感覚が幼稚なので苦労した。一時間ほど愛撫を続けていると二度絶頂に達した。その時の写真はこちら』
 こちらの文字にリンクが貼ってある。辿るとそこには写真が一枚。人妻Aが顔にモザイク処理をされていた。薄暗い部屋のなかでベッドに横になっている。足は開いており、がに股のようになっていた。性器にもモザイクがかかっていたが女の姿は陵辱された後のように脱力していた。
『さらに愛撫とバイブによる開発でおもらしまでさせた。面白くなったのでもっともっとと虐めてやるとさすがに失神してしまったのでやめた。しかしこれで彼女の身体が快感に馴れたのははっきりした。
 次の調教時には挿入を試みる。夫の性器で満足できない身体に作り変えてやる。きっとドスケベな本性が見られるだろう』

 すでにコメントは20件を超えていた。男達がこの人妻Aという女に対し欲望をありのままに書き込んでいる。どのコメントも人妻への興奮が異常だった。無理も無い、写真に写る女の乳房の大きさや尻の形は男の求めるそのままの形である。
 実も人妻の痴態をもっと見たいと思っていたが自分が書き込みをする事は無い。
 更新内容を読み終えると携帯電話をしまい立ち上がる。まだ営業先はある。今日は一日歩き回った後にももうひとつやることがある。
 名刺入れに新しく入れた一枚のカード。昨夜、海藤との会話で教えてもらった診療内科医、水嶋椿のものだ。今日は予約だけでもいれておこう。自分がどれだけ精神的に参っているか知らないが会って損はないだろう。
 それからは残り時間をひたすら病院周りに費やす。仕事に力を抜く事は無い。

 仕事を終えて自由になったのは夜の七時ごろ。実は早々に職場を後にすると名刺を片手に電話をかける。名刺には診察時間が明確に示されていない。この時間でも大丈夫かと思いながらだったが呼び出し音は三度と鳴らずに消え去った。
「はい、水嶋心療内科です」
 電話に出たのは若い女。それもまだ少年少女の名残がある中性的な声をしていた。
 昨夜の事を告げるとすぐにどういう話なのか解かったらしい。この時間からでは迷惑ではないかと心配したがどうやら診療時間は特に限っていないのだと説明を受ける。そして今日これからでも会えるなら会おうといわれ合意した。
 水嶋心療内科は小さな家のようだった。海藤信哉の話しによるとすでに独立しているとのことだったが外見は民家でしかない。表札も水嶋とある。どうやら家でもあるらしい。実が入るとすぐに玄関口に女がやってきた。
 背は低く150ほどしかない。身体の厚さも薄くまだ学生のよう。顔も身体同様であまり大人らしくない。長い前髪を掻きあげるようにして彼女は言った。
「はじめまして、だね。ああ、うちはこんな調子なんだ。なにせボク一人だからね」
「ボク?」
 電話に出たのは間違いなく彼女だった。一人しかいないという事は水嶋椿その人だろう。だがそれよりも実は彼女が自身をボクと呼んだ事のほうが驚きだった。
「あまり面識がないみたいだね。ボクは昔から自分のことをボクって呼ぶんだ」
 馴れているようで軽く言った。
「と、そんなことはどうでもいいんだ。はじめまして水嶋椿だ。沢木実さんだね、海藤君から聞いてるよ。ボクの研究に協力してくれるんだろ」
「ええ、それは。でもどういう研究なのか詳しく訊いてなくて」
 そういうと実の前にスリッパを置く。どうやら家の中へ招いているらしく実は靴を履き替えた。実もそれほど背が高いわけではないがさすがに150程度しかない彼女が先を歩くのは少々妙な感じがした。
「なら海藤君のやっている治療はご存知かな?」
「催眠治療ですよね。対象者に催眠術を掛けてストレスや疲れを取り除くって。詳しくありませんけど妻が受けてます」
「へえ、奥さんがね。では彼女を見ていてどうかな?」
 廊下を歩いていくとある部屋に行き着く。診療所と書かれたプレートが掛かっている。水嶋が戸を開くと同じ屋内とまったく思えない様相が広がっていた。
 赤い絨毯が足場を埋め尽くし、大の人間でも寝そべる事のできる簡易ベッドが一台。そして椅子と部屋の壁に掛けられた自然の画。今いる廊下が家ならその戸から先は診察室そのもの。実は部屋に入るなりベッドの上に腰を掛けることとなった。
 薄いがしっかりと身体を受け止めてくれるマットに尻が沈む。
「妻は随分とよくなりましたよ。随分と悩みやストレスを溜め込むものですから。夫の僕にだって悩みを打ち明けてくれない事もあるみたいですから」
「嫌かい?」
 そんなにふうに聴こえただろうか。
 水嶋は対面に用意していた椅子に座って問う。
「全然、そんなことありませんよ。弁護士という立場上、第三者になる僕に仕事の内容を話せるわけがないのは知ってます」
「そうか。まぁ海藤君が奥さんを診ていることは幸いだ。なにせボクの研究というのもつまるところ同じだからね」
「同じですか?」
「そうさ。細かいことは抜きにして説明すれば催眠による治療。患者の精神的不安の除去というのが目的だ」
「はぁ」
「あまり解っていないようだね。いいだろう、もう少し詳しく話してあげるよ」
 小柄な身体と少年らしい言葉使いが彼女の存在をあやふやにさせている。実はまるで子供と話しているように思いながら訊いていた。
「人間というのはとにもかくにも心が第一にある。肉体の動きだって心の在り様でプラスにもマイナスにもなる。気分が悪いと良い結果は残せないし病気にもなる。だろう?」
「ええ、まぁ。そうですね」
「日々の生活のなかでどれだけ平静を保っていても積もるものがある。それがストレスだ。さらに人間には幼い頃のトラウマや他人とのコミュニケーションのなかで生じる喜怒哀楽の感情……誰かと接する時、また独りでいる時にさえ、心は何らかの感情を憶えている」
 そんなものは改めて聞くまでもない。
「その溜まった感情を催眠によって開放させるというのがボクの研究だ」
「ええっと……ストレスの発散をするということですか?」
「単純に言えばね。でもストレス以上に過去のトラウマや過度の感情も抑えることができるようになるよ」
 自分の中に彼女のいうトラウマなどあるのだろうか。ましてやストレスをそれほど溜め込んでいるのだろうか。
「協力してもらえるかな?」
「協力……僕にできるんでしょうか……」
 自分では答えが出せなかった。水嶋は力の無い返事に頷くとまた口を開く。
「誰にだってできるさ。ボクが求めているのは普通の人間だからね」
「普通の?」
「そう。できれば普通の人間が相手であることが望ましいんだ。社会生活のなかにあって周囲の人間と同じよう生活している人物。周囲と変わらず不安やストレスを抱えている人間さ。あまりに突拍子もない怪物のような人間だと研究対象にさえならない。沢木君のことは海藤くんからある程度、訊いてる。奥さんの事までは知らないけどね」
 普通の人間……自分にはぴったりだ。特に頭が良いわけでも要領の良いわけでもない。学歴も家柄もごく平凡な自分にはこれほどぴったりな言葉は無い。しかしそれを恥じと思う事も無い。世の中の大半はその言葉が合うのだから。
 それよりも自分が抱えているストレスというものがあるのなら取り除いて欲しかった。
「解りました。お役に立てるなら協力します」
「ありがとう。ああ、気にしてると思うから言っておくけど謝礼金は治療が終わった後になるからね。金額は結果次第にしておこう。でも期待してくれていいよ」
 水嶋は軽く微笑んでみせた。独立しているとはいえ彼女一人で営んでいる診療所がそれほど多くの金を支払うと思えない。実は彼女と同じように軽く笑った。
「治療って長いんですか?」
「場合によるよ。沢木君の場合、それほど大きな悩みを抱えてるわけでもないだろう? まぁ週2回の3週間ぐらいだと思ってくれ。なぁに時間は取らせない、一度の診察で3時間程度さ」
「3時間か……」
「どうしたんだい? もしかしてそんなに時間が無いとか?」
「そんなことはないんですけど……」
 現在、仕事は朝から夜までびっしりと詰まっている。病院を周っての営業のため週末に一日時間は取れるが残り一日は確実に今のような時間になってしまう。どれだけ早く終わっても診療時間を含めると夜10時を超える事になるだろう。
「そうだ、この事は妻に言ったほうがいいんですか」
「勿論話してもらって構わない。でも治療の内容を話すのはよした方がいいけどね。奥さんだって言わないだろう」
「ええ、そうですね」
 確かに葵は受けている治療について事細かい話をした事が無い。実が踏み込んだ話をしないことも原因ではあるがなにより怖かったのだ。自分が強く聞くことで彼女が得もせずにいられた疲れを得てしまうのではないかと。
 そして彼女に迷惑を掛けてしまうのではないかと。
 結婚する前から自分は上手くいっていない。
 人生を花道を歩むように進む妻の負担になりたくなかった。
「おや、体調が優れないのかい?」
 突然だった。しばらく黙っていた実に水嶋が声を掛けた。
「えっ?」
 顔をあげて水嶋を見る。覗き込むようにしていた水嶋と顔が近付いた。眼前にある顔はやはり子供っぽさの抜けていない少女のよう。
「いや、そんな感じがしてね。ボクは医者だけどそこら辺は適当にこなしたから解らないんだ」
「特に体調は悪くありませんよ。いつもどおりです。でも……昨夜、信哉にも言われました」
 だからここへ来たのだ。
「体調が悪そうって? ふぅん……ねぇ、今日は時間あるのかい?」
「え、ええ。まぁ」
「心配しなくていい。帰りはボクが送っていくよ。だから」
 一息ついて水嶋はいう。
「今から治療をはじめよう」
 実は拒否できなかった。すでに彼の身体は診察台の上にある。水嶋が「ベッドに横になって」と畳み掛けるようにいうと実はただ従う事しかできなかった。ベッドは実の身体など子供のようだと揺るぎもしなかった。
 乗せていた尻同様に背中までマットに沈む。どうやら自分が家で使っているベッドやマットとはまったく違うものらしく歩き回って疲れていた足まで癒えていくようだった。
「気構えすることは無いさ。ボクに任せてくれればいい」
 水嶋がそういって首のボタンを外す。さらなる開放感にさらされる。
「さて……どうかな、そのベッドは。背中が沈むようだろう」
「気持ちいいですね」
「ボクも休憩中はそのベッドで寝るんだけど気持ちが落ち着くんだ」
 優しく笑いながら声をかける水嶋は実の目蓋に手を掛ける。
「それじゃあ目を瞑ってくれるかい」
 言われた通りに目蓋を閉じる。深呼吸すると緊張が解けていく。水嶋が動く音が聴こえてくるとすぐに音が鳴った。ピアノだと解かるなり緩やかな旋律が耳の奥までやってくる。身体が呼吸にだけ集中していく。
「さぁ、深呼吸だ。そう、吸って……吐いて……吸って……吐いて……」
 聴こえてくるのは水嶋の声。
 彼女の声に従って深呼吸するとこれまで以上に落ち着く。身体が浮遊しているようだった。心が身体から離れていく。そのうち自分が眠っているのではないかと思いだし夢か現実かどうかも定かではなくなった。
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2012-12-17 : 小説 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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