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第10話 妻をおかずに妄想するということ

 葵の様子がおかしかった。家に帰っても彼女はずっとベッドのなかにいた。いつもなら用意しているはずの夕食はなく、携帯電話の電源も切っていた。話し掛けようとしたが体調がよくないのか顔が赤かったのでやめる。
 彼女の持病とでもいうべき心労が気になった。葵は昔からストレスを溜めやすい性分だ。もしかしたらと信哉に連絡をとる。彼なら何か知っているかもしれない。信哉はすぐに連絡に応じてくれたが葵の現状は知らないといった。
 心配だと告げたが体調に変化はない、万全の状態といわれる。そして明日になっても変っていなければ連絡してくれといわれた。
 翌朝のこと、葵はやはり寝たままだった。僕は彼女を起こさないようにして会社へいく。もし帰ってきてこの状態なら信哉に連絡しよう。
 葵の声を聞けないのが残念だった。
 少し考えすぎかもしれないがベッドから起きないのが気になる。僕は営業に出かけている間、事ある毎に葵の携帯に電話をかけた。だが、やはり電源は入っていなかった。
 仕事はいつものとおりで何事もなく終わる。一日中歩き回ったが、身体よりも心のほうが疲れた。葵のことばかり頭の中に浮かんできて上手く話も出来なかった。帰りの電車の中、家に着くまでの時間がいつもより長く感じる。気を紛らすなにかが欲しかった。
 他の乗客がほとんどいなくなる。シートにはばらばらに座った客ばかり。皆、首を斜めに向けている。自然と携帯電話へ手が伸びた。指が勝手に動いて例のブログを表示させる。
『人妻A 調教六度目
 前回の更新で告知したとおり、人妻Aを新しい調教師に譲渡してきました。
 はじめての男根挿入でもありましたので私も同行したのですがさすがです。
 まずはこちらの写真をご覧下さい』
 クリックした先には顔にモザイクの掛かった全裸の女。腰をくねらせ男の手に愛撫されている様子だった。
 薄明かりのなか、布団らしきものの上で乱れている。小さな画面からでも乳首の勃起具合や肌の質感は伝わってくる。この女性を抱いている男がどれだけの幸せに浸っているか手に取るようにわかる。
『人妻Aは快感に翻弄されてばかり。夫への操などなく自分から腰を動かしていました。
 生での性交、膣内射精と夫への裏切りも受け入れ完璧に屈服し、何度もアクメしていました。その結果がこれです』
 また画像へのリンクが張られている。『夫』という文字に僕の心臓がびくりと跳ねた。
 ここまで見ておいていまさらだが、彼女には夫がいるのだ。例えヤラセだとしてもその一点が葵と繋がってしまう。僕は画像をクリックすることができなかった。
 突如として沸き上がったのだ。妻に対する奇妙な感情が。彼女が同じ境遇にいたらと思うと鼓動が早くなるばかりだった。
 だというのに、僕のペニスは勃起していた。
 携帯を閉じて、目も閉じる。勃起が収まるころ電車は停まり僕は家路につく。もう心は落ち着いていた。問題は彼女がどうしているかだった。もしまだベッドにいるようなら話をしよう。そう思って家の扉を開く。
「ただいま!」
 鍵はかかっていなかった。電気もついている。
「おかえりなさい、実」
 心配のしすぎだったのか、葵はいつものように出迎えてくれた。顔色も普段と変らない。
「どうかしたの?」
「なんでもないよ……もう体調はいいの?」
「ええ、一日休んだらね。それよりもちょっと話があるの。いい?」
 廊下を歩きリビングへ向うなか彼女がいってきた。
「改まってどうしたのさ」
「仕事の話なの。ちょっと……真剣な話だから聞いてもらいたいんだけど、だめ?」
 だめなわけはない。僕らはテーブルにつくとお茶を淹れた。葵は妙に真剣な表情をして湯のみを触る。
「それでどんな話なのかな」
「私ね、叔父さまの事務所から一時的に抜けることになったの。でね、代議士の阿久津一郎って知ってるでしょ」
「阿久津……ああ、よくテレビに映ってる」
 彼の顔は国民なら知っているだろう。なにかと政局に絡む大物だ。なにより現在、営業で回っている病院とも深い関係がある。
「叔父さまが彼と知り合いでね。私、彼の専属弁護士になることになったのよ」
「専属?」
「彼の事務所にお世話になるってこと。叔父さんも私のことを見込んでくれてるから……断れなくてね。どう思う?」
「どうっていわれてもね……。僕にはよくわからないな。でも葵がそれでいいって思うならいいんじゃない? それに阿久津一郎っていったら大物じゃないか。いい経験になるんじゃないかな」
「そ、そう……ならそうするわ。実はねっ、っっ!」
 何か口にしようとした瞬間、しゃっくりのような、えづきをした。
「だ、大丈夫?」
「え、ええ……」といって茶を飲む。
「それで?」
「えっ……ええ。実は来月の旅行……なんだけど、どうかしら?」
 話が飛んだ。どうやら仕事の話は終わりらしい。まぁ続けられても僕には弁護士の世界はわからない。仕事は葵にとってとても重要なことだ。やっと叶えた夢を僕がどうこうしたくない。
「旅行かぁ。まだ分からないな。明日聞いてみるよ」
「お願いね。私、期待してるんだから」
 にっこりと微笑むと夕食の準備にとりかかりだした。僕は彼女の背中を見つめた。
 どうやら心配はいらないらしい。本当に体調は万全のようだ。僕はほっとする反面、彼女の尻に目を奪われた。何気なく視界に入れたつもりなのに、股間がいつのまにか熱くなっていた。葵の背後に立って腰に抱きつく。
「ねぇ、ご飯は後にしてしない?」
「んもう、だめっ」
「そんな事言わずにさぁ」
 首筋に息を吹きかける。腰に回した手に力を入れようとすると葵がくるりと回って僕を見た。
「ごめんなさい、今日は気分じゃないの」
 申しわけなさそうな彼女に目に僕は席に戻ることにした。体調が戻ったとしても負担はかけたくない。股間の滾りは自分でなんとかするしかない。
「その代わり、今日は腕によりをかけて作ったご馳走よ」
 並べられていく夕食に僕は手を伸ばし、腹を満たしていった。一口ごとに味を噛締めていく。やはり葵がいてくれるだけで僕は幸せなのだと思い知らされた。

 また日常が始まるがこれまでとは少し違った。これまでは同じ時間に家を出ていたが葵の出勤時間と勤務地が変ったため、僕のほうが早く出ることになった。少し寂しいが玄関で彼女が不意に頬にキスをしてくれた。
「いってらっしゃいのチュウよ。一度してみたかったの」
 といって笑う葵。なんだか照れくさくて僕は駆け足気味に家を後にした。
 出社すると営業のルートを確認する。阿久津病院の名前は僕の営業先にある。それも一番大きな病院だ。
 ルートの確認を終えると他の連中がもう会社からいなくなっていた。どうやら今日はみんな動きが速いらしい。あの阿部さえももういなくなっていた。
 一人残った僕は休暇のことを聞いて尋ねる。葵が気にしているのと同じぐらい僕も気にしている。新婚旅行はなんとしても行きたい。予定としては7月7日、七夕の日を間にした三日だ。
 会社側からの答えはさすがに連続三日は無理とのこと。先か後か、どちらかを一日削れといわれた。僕は押し切れず「わかりました」というしかなかった。ただ二日ならくれるということが分かっただけでも由としよう。
 それだけ話すと瀬良さんに見送られて営業へと出掛ける。休暇のことはどこか一件でも実績をつければと意気込んでいった。
 昼間、三嶋椿からの電話を受ける。今夜、仕事上がりに来て欲しいといわれ承諾する。少し相談したい事もある。僕は時間が過ぎるのを待たず次から次へルートを回っていった。
 水嶋椿の診療所に寄れたのは夜の七時頃。
 彼女の声に囁かれ、眠りに落ちていった。意識が薄れていくと自分がどうなっているかわからなくなった。完全に記憶がない。ただとても幸せな場所にいて身体が楽になる。はじめての治療の時とまったく同じだった。
 再び目を覚まして彼女と話をする。相談したかったこととは阿久津一郎についてだ。彼のところで妻が働く事になったというと彼女は「ほほう」といった。
「阿久津先生ならボクもしってるよ。もちろん一般の知っている、じゃないよ。会った事もあるし話もしたって意味だ」
「どんな人ですか?」
「頭がいいし行動力も発言力もある。それに人としての度量だね。現代人にないエネルギーを持ってるよ。ふふっ、いいじゃないか、自分の妻がまた一躍有名になるチャンスだ」
 嬉しそうに語る。確かに有名にはなるだろうがそれがいい事なのか僕には分からない。
「そんなものですかね」
「そんなもんだろ。沢木君は嫌なのかい」
「べつに嫌じゃないんですよ。でも……なんか……」
 なんとも言い難いものがある。自分には彼女のいる世界というのが理解できていないからかもしれない。昨夜ももっと上手く葵に助言できればよかった。
「自分の奥さんが別の男と一緒にいると不安かい?」
 ふと心の中を読まれたような気がした。
 胸の奥に閉まったものが取り出されたような感覚。椿さんは笑っていた。
「海藤から聞いたよ。なにかハマっているブログがあるって」
「あいつ……」
「ふふっ、べつに責める気はないよ。ボクはその考え、よく分かるんだ」
 また軽く笑うと表情を戻して固める。少し真剣な眼差しで話し出した。
「自分の好きな人を対象に自慰行為に耽ることはおかしなことじゃない。好きという感情と性欲はまったく別だからね。単純に知っている人物のほうがイメージしやすいんだ」
 確かにそのとおりだった。あの人妻Aを葵として見立てると異常なまでの勃起だった。でも他の人もそうなんだろうか。「えと……先生もですか」と恐る恐る聞いてみる。
「そうだよ。ふふっ、特に女は多いな。好きな人に抱かれることを想像するんだ。ほら、男のようにAVや漫画が大量にあるわけじゃないだろ。だから大抵、想像してするんだ」
 機嫌がいいのだろうか饒舌だ。
「なかには全く知らない男に強姦されるイメージを膨らますのもいる。で、男の場合だ。男は好きな女性とのセックスを想像するか、全く知らない女性……芸能人なんかだね。彼女達が誰かと行為に及んでいる姿を想像する」
「まぁ……そうですね」
「だけどそれだけじゃない。なかには自分の好きな相手、彼女や妻といった人物が別の男とセックスしているイメージを作る人もいる。その人を愛するんじゃなく、性欲の対象として見るんだ」
「性欲の対象……」
「そうだよ。愛するんじゃなくて、強引に、わがままに、暴力で犯すんだ。もちろん自分の頭の中でね。だからその想像はそれでいいんだ」
「はぁ……」
「奥さんで自慰したことはあるのかい?」
「……そりゃありますよ。でもそれは昔のことで……だって中学の頃とかで――」
 葵が女らしくなってきた頃、僕だって彼女にいやらしい妄想をした。でも最近はなかった。でもつい先日、あのブログに出てくる人妻Aを葵に見立ててオナニーした。してしまった。
「いいわけはいいよ。オナニーしたってことが重要なんだ。その頃は奥さんと結婚していないし、恋人……というわけでもないよね。つまり、誰のものでもない女を自慰に使ったわけだ」
 ボクの言葉に被せるように椿さんはいう。
「そのとおりですけど。でも今は結婚してるわけで」
「うん、そうだ。でも歳をとってきて、色んな人を知っていくと変わってくるもんさ。世の中、聖人ばかりじゃない。だから、もしかしたら、ってね。小さな好奇心というやつさ。実際はそんなことありえないから、余計に思ってしまうわけだ。だからなにもおかしなことはない。そのブログ、割り切って楽しめばいいじゃないか」
「はぁ……」
 いつのまにか僕の心の中にあった疑問が消えていた。
 頭がすっきりしていたせいだろうか。椿さんの声はすんなりと入ってきた。
 十時になると診療所を出る。椿さんに言われた「割り切って楽しめばいい」の言葉にさっそく手が動いた。
 例のブログにアクセスする。更新はまだない。記事を進めて昨夜、見なかった画像をクリックする。
 表示されたのは人妻Aが裸で土下座している画像だった。彼女の尻が見え、股間にはモザイクが掛かっている。画像の上、彼女が頭を下げている先には足が写っている。おそらく調教師の足だろう。
 裸で土下座という最低の行為に及んでいる女。僕は理性が吹き飛びそうになった。
 もし自分の妻が同じことをしていたら二度と立ち直れない。そう思うと同時になぜか股間は膨らんでいこうとする。どこかで休むほうがいい。
 駅の近くで個室ビデオ店に入る。適当にAVを借りて部屋に篭もるが観なかった。店内にあるパソコンでブログにアクセスし、画像を見るだけで事足りた。治療後の一時はなぜか、とても気分がいい。絶対にありえないからこそ、想像が膨らむ。
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プロフィール

Author:之ち
之ち(ユキチ)

小説中心に活動中。
ジャンル問わず面白ければ好き。
大阪在住・12/28生
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