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第二話

 不吉な夜の出来事があってから三日が経った。明け方には嵐は止み、港はいつもの活気を取り戻した。すぐにサイモン以下二名を船の座礁場へ向かわせアーロンは対岸のイギリスへと急いだ。活気付く港を離れなんとしてでも愛娘に会いたかった。
 故郷のイギリス、ロンドンでは一つの噂で持ちきりとなっていた。
「十六日の晩餐会へは行かれるのですか?」
 知人は皆、口を揃えて聞いてくる。もちろん晩餐会の主催者は他の誰であろうログナー伯爵である。家に着くまで出会う者の皆が同じように彼の名前を挙げ「是非、行かなくては」と言う物だから気味が悪くなってきた。まるで一人の伯爵にこの街が犯されたかのようである。
「確かにわしも出席するがなぜ皆一様に…」
「なんでもあの伯爵が結婚するとのこと。あの伯爵が、だよ。これは見なければと皆浮き足立っておるのだよ」
「結婚…だと」
 まだ何も決まっていないではないか。なにより伯爵がイギリスへと渡っていたのはわしに会う前のこと。まして船の座礁とてこの島より出た後のはず。まさかエルザのほかにもいるというのか?ならばなぜあのような約束をする?不可解だ。
「どうかされましたか?お顔の色の優れませんぞ」
「いや、こちらのことでね。それより急いでおりますので済みませんがこれで」
 あの伯爵の行動が読めない。
 今はエルザの元へ急ぐばかりである。人々の行き交いを無理やりに押し通り家を目指す。市を抜け、露店の並ぶ道を抜け、銀行の角を曲がる。そこには我が家がある。その場所は彼がヨーロッパへと旅立つ前と何も変わらない姿であった。
 もしかすると伯爵は自分のいない間になにかとてつもない物を残していったのかと心配したが外見は何一つ変わりはしなかった。
「エルザ!エルザはいるか!」
 自分でも驚くほど声がでた。港より必死で走りきったというのに喉の渇きはなかった。屋敷の奥から女中が慌てて飛び出してくる。
「どうなされました、旦那様」
「リリー、エルザはどこだ?」
 ただごとではない。リリィはいつもとは違う主の様子に驚きすぐにエルザを呼びに行く。小さな身体がそそくさと駆けて行く。アーロンは息を落ち着けながらゆっくりと歩きリビングへと向かった。すると一陣の風が吹く。外から入る綺麗な空気に屋敷は浄化されるようであった。イギリス一と謳われた職人に作らせた銀糸のカーテンが靡く。息を整えようとするアーロンに甘いほのかな香りが彼の脂ぎった鼻の先をくすぶった。
「なんだ?薔薇?」
 窓の傍には美しい赤い薔薇が飾られている。血の様に赤い花びらは美しく開き天を仰いでいるように見えた。
「その薔薇、お美しいでしょう」
 そよ風の如く可憐な声だ。その声を追えば翆色の美しい髪をした愛娘が立っている。
「エルザ!」
「どうなされたのですか?お父様。そんなに汗をかかれるなんて」
 くすくすと可愛らしい笑みを浮かべる。
「いやなに、早くお前の顔が見たかっただけだよ。おいリリィ、わしの留守中変わりは無かったか。エルザに妙な虫はついておらんだろうな」
「もう、お父様ったら。私もう十六ですよ。見知らぬ方について行くことなどありませんわ。信用なさってくださってもよろしいではありませんか」
「馬鹿を言うな。十六なんてまだまだ子供じゃないか。で、リリィ、わしのいない間に客人が来たと思うが」
「はい、旦那様の留守中にログナーと名乗る伯爵様がお見えになられました」
 アーロンがそれでと問うとリリィは淡々と語りだす。
「伯爵様がお見えになられたのは先週のことなのですが陽の落ちた夜更けに一人でやってこられて旦那様はいるかと聞かれました。ヨーロッパのほうへ出かけていると伝えると手紙を一通とそちらの赤い薔薇をお嬢様へお渡しになられて帰られました」
 自然と薔薇を見る。
 あの男が何を考えてこれをよこしたのか。
「お父様はログナー伯爵とどういった関係なのです?私是非とも知りたいですわ」
「古い知り合いだよ。そんな事を知りたいだなんてどうしたんだい?お前はわしの交友関係など今まで一度も聞いてこなかったじゃないか」
 エルザは胸の前で手を組み合わせて頬を赤らめる。
「だってそれは…」
「お嬢様は彼に焦がれているようで」
 リリィが横から言った。なに!とアーロンが声を荒げるが二人の少女は今いない伯爵の幻を見ているかのように陶酔しており届かない。
「あの美しい瞳、白く眩しい髪、胸を締め付けるような声…嗚呼、全てが完璧な伯爵」
 愛娘はまるで、いや本当に恋する一人の女である。もし彼女をパーティーへと連れて行けば即その場で結婚するということになりかねない。ますます連れて行くわけには行くまいと決心する。
「でも…私の恋は実ることは無いでしょうね」
「どういうことだ?」
「知りませんのお父様。この度、ログナー伯爵がはるばるイギリスまでやって来たのは何より結婚式の招待だとか。街の者皆様がほうぼうで噂しているのは私とて知っておりますわ。はじめて胸を焦がすという意味を知ったというのにその相手はすでに誰かと婚姻を済まされているなんて」
 ではあの噂は本当なのだろうか。だとしたらなぜ伯爵は娘がほしいなど言ったのか。冗談や遊びでそのような事は言わないと思うが…。いやもしかするとわしを験しておるのかもしれん。資金の受渡しはエルザが婚姻を断るかどうかということとパーティーへ出席することだ。ならば、娘を差し出したくないという心から連れて来ないことを誰かと賭けをしている可能性だってある。二十二年前の伯爵もそうだった。彼は少しばかり維持の悪いところがある。それは重々承知しなければならない。噂だって真実かどうか定かではない。結婚相手を紹介するという噂が広まればエルザを連れて来るだろうと考えているのかもしれん。
 その時である。エルザとリリィが考えに老け込むアーロンをどうしたものかと見ていると屋敷を一人の男が尋ねてきた。背は低く脂ぎった鼻を持ったアーロンと同年代の男だった。
「やぁ、あんたが戻ってきたって聞いてすっ飛んできたぞ」
「エドモンさんじゃないか、どうしたっていうんだ」
 息を切らせてやってきたエドモンはなにも言わずにアーロンの袖を引っ張り二人の少女から引き離していく。なんだ?どうした?とアーロンの問いに答えることも無く部屋を移動し彼の自室へと引きずりこんだ。
「伯爵とは会ったか?」
「ああ」
「どうだった?あの姿、あの頃とそっくりじゃなかったか?わしは恐ろしくて、恐ろしくて…なぜ他の者達があの伯爵に好意を寄せるのかわしにはわからんよ」
「それはわしだってそうだがあんたも二十二年前伯爵から金を貰った時は伯爵、伯爵とさわいどったではないか」
 二十二年前、イギリスにやってきた伯爵が金を与えたのはアーロンだけではない。エドモンも同じように資金を得て現在は大型の料理店を三店舗経営している。
「それは昔のことだ。六日前に現れた彼を見た時、心底震えが止まらなかったよ…まさかあの頃のままとはな。しかも今回のパーティーは彼の結婚相手を見せるためだと言うのも驚きだ。あの伯爵に嫁ぐものがおったとはこれまた驚きじゃ」
「それは本当か?」
「ああ、本当だとも。わしの知り合い達に聴いた所、なんでも伯爵自身、結婚相手のことを話したらしい」
 ならば娘をほしいと言った伯爵はおそらくわしを験しておるのだろうな。維持の悪い御方だ。ここでわしが娘を連れて行くのがおっくうになってパーティーへの出席を断ればひとつ笑いの種が出来るというもの。
 堪えきれずにアーロンは笑った。
「どうしたんだい?」
「いやなにこちらのことだ。気にせんでくれ。それよりお前さんもパーティーに出るのかい?」
「わしも出席するよ。いくら恐いといっても恩人には違いない。結婚相手がどうのと言う状況で行かんわけにもいくまい。」
「なら早々に用意をしようじゃないか。出席するなら明後日にはたたねばならないからな」
 エドモンは落ち着きを取り戻し足早に屋敷を出て行った。よほど怖かったのだろう。街の者達は誰も彼も伯爵のことを良い人だと見ているなか自分だけが恐怖を感じている。同じようにあれを疑問視する人間はいなかったのだから。彼もアーロンとの会話で落ち着き共に出席するとわかった今、不安の少しは解けただろう。
「エルザ!準備なさい」
 再び二人の元に現れてアーロンは言った。
「何を…ですか?」
「明朝、ログナー伯爵の城へ向かう。彼のパーティーだよ、お前も招待されているんだ。さあ用意だ、用意!」
 エルザは嬉しそうに笑っていたがどこか影をもっていたような笑みだとわしは感じた。
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2013-01-04 : 小説 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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Author:之ち
之ち(ユキチ)

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