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第三話

 スロバキアの奥地。伯爵の住まう城は二十二年前と変わらず同じゴルダ山脈の山岳地帯を越えた先にある。周囲には小さな村が二つ三つあるほかは何も無くイギリスの街並みのようなにぎやかさも無い。そんなゆったりとした流れの中を三十を越える貴族たちが今まさに城を目指して通り抜けていた。列を作ることはなかったが皆が目指すところは一緒で彼らの馬車は一台、また一台と現れては消えていった。
「お父様はなぜ伯爵を嫌いになられるのですか?」
 城へ続く道は荒れており転がっている石ころにがたがたと揺られている。翠色の髪が美しく揺れている。イギリスを出てからというもの二人は片時も離れることは無かったがアーロンの口数は少なかった。
「嫌いなんじゃないさ。ただちょっと怖いのさ。お前はまだ幼いから解らないだろうがな、彼には少し…ほんの少し解せぬところがあるだけだ」
「それはお父様や他の方に資金を分け与えているということですか?」
「どうしてそれを?誰から聞いた?」
「あらやだ、お父様。それは伯爵のお心が優しいのよ。それか使い切れないほどの金を持っていて困った人達を助けてくれているだけですわ」
 本当にそのような人間であればすばらしい人格者だろう。
「なにかしら?」
 エルザが指を刺す。馬車は山道を走っている。城までは一本道のはずだが二本の道に別れている。立て看板には城への道と村へ戻る道と書かれていた。しかしエルザが指を指している方向は違っていた。その看板のもっと向こう村へ戻るほうへの道だった。
「何もないぞ」
 その通りであった。エルザは道の奥のほうをずっと目を凝らして見つめている。馬車は別れ道を過ぎていく。もたついていると後続の馬車にも影響がでてしまう。道は狭く木々を伐採して作られている通りは馬車一台分ほどしかなく前が止まると後がつっかえる。
「どうしたっていうんだ?なにもなかったろ。旅で疲れたのか」
「誰かいた様な気がしたの。黒い靄のようなものが揺らめいて…美しいとさえ思ったのよ」
「疲れているんだよ。城まではまだ少しある、その間だけでも眠っていなさい」
 アーロンはその道の向こうを見たがなにもいなかった。次第に陽は落ちて暗く闇の時間となろうとしていた。馬車に小さなともし火が宿る。同じ頃、前の馬車に追いつくかと思うほど近づいていた。その馬車にも火が灯り後続の馬車も同じようになる。城へ続く火の行列が道を闇から追い払っていく。
 城へ近づくとまるで昼間のように明るく照らされていた。冷たい石を幾重にも重ねて作られた巨大な塀で囲まれた城の門で馬車は一台ずつまだかまだかと待っていた。
 背の曲がった小さな黒服の男が門の前で確認しているのが見える。見たことはなかった。歳は五十か…それより少しばかり上だった。髪は薄く白い。伯爵のような美しさではなく年老いた白髪である。その男が招待状を受け取りどうぞと招いている。
「起きなさい、エルザ。ついたよ」
 エルザは辺りのにぎやかさにも気付いたようである。きょろきょろと見渡しすぐに圧倒される。見上げて首が曲がりそうになるほど巨大な城の塀に驚いている。
「これが伯爵の城?」
「そうだよ」
 時期にアーロンの番が来る。遠くから見ていた男の顔のぎょろっと出た眼に驚く。鼻はわしのように尖っていて不気味だった。
「ようこそ、おやおや貴方様はアーロン様ではございませんか?ならば招待状は要りませんよ。そのかわりちょっとよろしいですかな。パーティーの始まった後、伯爵が別室で個人的にお話したいと申しておりましてな。いやなにアーロン様もご承知のことでしょうが例の件ですよ。だからその時お呼び致します」
「わかった」
 馬車を降りて城へ入る。塀の中は花園であった。噴水や彫刻が置かれている。このような田舎の奥地にこれほどまでに豪華な城というのが存在するものだろうか。アーロンは周囲の美しさに心を奪われそうになっていた。
 花園の香りを抜けると今度は屋敷の門をくぐる。中は天高く広間になっている。左右に大きな階段を設けており天井はガラスでできている。金銀煌めく美しい女性をあしらった彫刻が立ち眼を潤す。
「なんと…」
 このような奥地にこれほどのものがと言葉を失っていた。エルザも同様に心をときめかせすぐにでも駆け出して行きそうである。
「美しいわ、心が虜になってしまいそう」
「それはよかった」
 次々とやってくる出席者たちが広間で立ち止まっていると階段の上にある扉が開いていた。
「おお、伯爵!」
 誰かが言った。
「やあ皆様。遠いこのような奥地まで遠路遥々、集まっていただき今宵はありがとう」
 見間違うわけは無い。
 集まった全ての人の感覚全てがその一点に集約される。眩く光る白い髪に黒の服を纏った男。妖しくも美しい眼光に女性は釘付けになる。その隣には男が立っている。そちらも黒い服を着ておりまるで支えるように立っていた。
「さあ今宵は俗世とは分かれ存分に愉しんでください」
 階段を下りていく。出席者たちの前にあった扉が開かれるとそこにはよりいっそう大きな空間が用意されている。伯爵を先頭に進みその中へとは吸い込まれるようにしてはいっていった。
 中は吹き抜けており先程の階段より入れば二階に登れるのがわかる。一階には長さ十メートルはあるテーブルが二つ中央に配置され様々な料理が並んでいる。すぐに出席者たちは会話に花を咲かせ始めた。その部屋にはメイドが何人もいる。彼女たちは次々とやって来る者達にワインを配っていく。
アーロンも同じようにワインを受け取る。全ての者が集まるとある人物を探し始めた。もちろん知人、友人は彼と会話をしようと向かってくるのだが目的の人物には会えないで時間が経っていくばかりであった。いても立ってもいられなくなった彼は広い会場の中見つけた門のところにいた男に声をかけた。
「エドモンを捜しているのだが彼を見なかったか?彼もこの場にいるはずなんだが見つからないんだ」
「はて?エドモンというのは貴方様と一緒のイギリスからやって来られるはずだったエドモンさまですかのう?」
「はずだったというのはどういうことだ。彼は来ていないのか?」
 そんなはずはあい。彼も伯爵をよくは思っていなかったがパーティーには出席するといっていたし話の後には用意をするためにそそくさと家に帰った。
「いやね、エドモン様は不運な事故に遭われましてな。皆様方より一足先についたのですがここへ来る少し前の山で馬車ごと崖に落ちてしまわれたらしいのですよ」
「馬鹿な」
「それが本当でして馬をひっくるめて馬車共々近くの村に流れていたそうですぞ。伯爵様はパーティーの前にこのことを告げると気分が悪くなるだろうからと黙っていた所存です」
 まさか…まさかである。確かにこの城へ来るには少しばかり険しい場所を通る必要がある。自分も実際山を越えるときは冷や冷やしたものだ。だがまさか馬車と共に落ちるなど。
「お父様、私も少し皆様と御話してきますわね」
 背後からの声に驚く。エルザは返事を聞くまもなく告げるとそのままどこかへといってしまう。この会場内から出なければ問題は無いだろうし、ただ会話するだけならとアーロンは放っておくことにした。
「もしかしてエドモン以外にも誰か…」
「いえ、今夜の出席者の名簿はエドモン様以外全て来られております。悲しいことではございますがね」
 見渡す会場には笑顔と笑い声が咲き乱れている。そんななかでまるでひとりだけになった気分だった。特に伯爵の周りは美しい花が咲いているかのように華やかで自分の愛娘もその場にいるのが見える。
「これはアーロンさま」
「やあエドガー。貴方もこのパーティーに?」
 ブロンドの髪に少々の顎鬚白い夜会服を着た御仁が現れる。
「あそこで伯爵と楽しそうに会話されているのは貴方の娘ではありませんか?」
「そうだがそれがどうかしたか?」
「今夜のパーティー皆が一様に楽しみにしていることご存知で?まさか知らないはずもありません。そう伯爵の結婚相手。その相手とはもしかして貴方の娘ではありませんか?」
 心臓の高鳴りが増した。恐れていることを一点で貫かれたように。
「そんなことはありませんよ。しかしなぜですかな?わしの娘はまだ十六の小娘。伯爵の結婚相手など勤まりはしませんよ」
「そうでもありませんよ。見てください。あの笑顔、伯爵のあの笑顔は他の者たちへ向けるものとは全くもって別のものですよ」
 娘と話をしている伯爵の顔は自分でも清々しいと思うほど綺麗なものであった。エルザも伯爵との会話に笑顔を絶やすことは無く二人はどこか別の次元にいるようにさえ見えてくる。アーロンの感じる恐怖はそこには無かった。あの不気味な伯爵の瞳ではなかった。
 エドガーは無心に見続けるアーロンに気をなくしどこかへ行ってしまう。この広い会場で再び一人ぼっちとなったアーロンはその後もじっと伯爵を見ているだけであった。早く結婚相手の紹介をすればいい。他の者たちも同じようにそう思っているだろう。それを待って長い時をこの場所でいる。
「アーロン様、ご準備のほうができましたのでこちらへ」
 門のところにいた男がやって来た。袖をくいっと引っ張り会場から連れ出そうとする。会場で一人浮いていたアーロンは誰からもいなくなったことに気付かれずその場を後にする。最後に彼の瞳に映ったのは楽しそうに会話するエルザであった。
「どこへ向かっているのだ?」
 会場を後にして男の後をついていく。薄暗い廊下には蝋燭が立てられておりぼんやりとしたきらめきがあるだけだった。会場の華やかさとは全く別の空気でしんとした空間である。
「この城はこの大広間を有する建物と東西に立てられている塔によって成り立ちます。貴方様も来るときに見られたかとは思いますがね。その西の塔へお連れするように言われております」
 城の中はまるで空間が違っている。広間と今歩いている廊下では感覚さえ違っている。特に床だ。靴底に響く石の冷たさが空気を冷やし背筋に妙な悪寒がする。
「さてこちらです」
 かなりの距離を歩いたと思う。勝手口だろう小さな扉を開けて男は出て行く。それについていくと城の裏へとでていた。風が強く風景は全くの別。城の裏手は湖があるがそれは崖の下になる。つまり塀を登ればすぐに崖になっているわけだ。男は階段をあがっていく。城の二階ではなく三階といえばいいくらいの高さまで続いており塀よりも高い場所にまで来る。
「今は夜ですから見えませんがね。ここからの眺めは最高なのですよ。夕日の落ちる頃なんかは心が洗われる様でね」
 アーロンは月の輝きに照らされる湖を眼に焼き付けるように見入った。湖畔に映る月光は幻想的な美しさをもっている。その美しさに誘われるように見ていると崖と湖の間に赤い樹があるのをみつけた。
「あれですか?あれはこの土地にのみ咲く樹でしてね。すごいでしょう、崖に根を生やして天を向くように身を捩じらせるんです。三本の樹が重なってできているんですよ」
「邪魔じゃないのか?切り落とさないのか」
「馬鹿言っちゃいけません。あれはご主人様の植えた樹ですからそんなことできませんよ。なによりあの樹の先に咲く大輪の花はそりゃあもういい香りったらないんです。ささっ早く行きませんとな、ご主人様に怒られます」
 わかったと男についていく。東の塔は階段を上がった場所と地上の二つの入り口があるようである。しかし塔の中に入ると一階へ繋がる道は無く地上から入る場合はこれ以下の場所にしか進めないらしい。
「さてこの部屋でお待ち願えますかな」
 通されたのは部屋だった。そこにはテーブルと赤ワインが置かれている。窓からは先程の湖と樹が見えている。男はどこかへといってしまった。アーロンは用意されていた赤ワインで喉を潤しながら部屋を見渡す。どういったときに使う部屋なのかはよくわからなかったが活けてある赤い薔薇に我が家を思い返していた。
「また赤か」
 部屋には赤い色のものがそこらじゅうにある。赤ワイン。赤い薔薇。赤い刺繍の入ったテーブルクロス。伯爵は赤と黒がお好きなのだろうか。
ワインを飲み干した頃だ。伯爵はまだかと苛立ちそうなときようやくドアを叩く声がする。返事を聞くことも無く彼は現れた。
「お待たせしてしまってすまなかった」
「構わないさ」
 ようやくかと伯爵を見る。彼は対面に座る。
「さて、こうやって呼び出したのは他でもない。あの嵐の夜、私が貴方に言った約束を守るためだ」
 うなずく。
「私は交換条件で君の娘をいただきたいと言ったな。憶えているな。そしてそれは娘さんの返事で決めると」
 再びうなずく。
「本当の事を言うとそれについてはどうでもよかったのだ。ただ私はもう一度あの笑顔が見たかっただけなのだ」
 やはりそうだったかとアーロンは思う。やはり伯爵と娘とは結婚するつもりは無いのだと。
「ではやはり結婚相手は他にいたのですな?」
 伯爵は不思議そうな顔をする。そしてふふっと笑った。
「いや、失礼。今夜はその話で皆様盛り上がっていましてね。ええ、紹介は致しますよ、もしかするとできませんがね。ああ、そうだ、金ですが少し大きく見積もりをしてすでにイギリスの本社へ手配させて起きました。現金を差し上げるより金塊で差し上げたほうがいいと思いましてね」
「それはすまない。感謝するよ」
「それはこちらの台詞です。あの愛らしい笑顔を股見ることが出来て嬉しいよ。さあそれでは我らも戻りましょう、パーティーの最後です」
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之ち

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之ち(ユキチ)

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