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第七話

 はじめて来たジブラルタルは私たちを迎える準備が万端にされていた。そこには伯爵の友人であるラウールというスペイン人が出迎えてくれた。彼はジブラルタルに大きな土地を持つ伯爵の古い仲らしい。彼は私を見たとき満面の笑顔で伯爵に言った。
「ようやく妻をとったか。わしはお前が生涯一人きりで生活するかとひやひやしていたんだぞ」
 伯爵は笑顔で返していた。私達は船から降りて彼の家へ向かう。奇異の目で見る市民達の間を抜けてついたのは岡の上である。港の明かりを見下ろすことの出来る屋敷では用意された料理の数々が出迎えてくれた。豚を丸々焼いたものから港から買い付けたと思う焼き魚。その全てが豪快で美味だった。
 伯爵たちは肉に手をつけることは無くワインを口に運んでいた。トーマスさんによると酒による病状悪化はないようで少量であれば身体の決行を促進してけんこうにも良いらしい。
 ついでではあったが伯爵の趣味についても教えてくれた。彼の趣味とは香水であり、城には香水作りを愉しむための部屋まであるらしい。ただその香水は職人方の作るものより香りが良いとされ最近ではそれを欲しがる者もいるらしい。ラウール氏はその香水の大ファンでイギリスへ向かう際はこうやって一度ジブラルタルで彼に会いじかに香水を渡しているらしい。そして金の変わりに彼の葡萄園で収穫され作り出されたワインをいただくのだという。
 伯爵はその夜はひたすらにワインを飲みラウール氏と話をしていた。私の事などおかまいなく二人の会話は寝静まるまで続いた。私は起きていようと思ったが眠気に勝てずに彼のお屋敷で眠りについた。
 深夜のことだ。時間は定かではなかったが私はふと目が醒めてしまった。ベッドには伯爵が寝ている。私の目の前でゆったりと眠っている彼は非常に愛らしいと思う。当然のようにくる尿意に私はトイレへと向かう。その途中だった。屋敷の中から港のほうを見るとやけに明るいと思った。私たちの船のほうへなにかを詰め込んでいるように見える。夜だしそれほどはっきり見えたわけではなかった。しかし確かに船にはなにか大きなものが積まれているのを私は見た。
「おや、こんな時間にどうされましたか。悪い夢でも見ましたか?」
 私の傍にラウール氏がいた。
「目が覚めてしまったの。すこしすればまた眠りますわ。それよりあれはいったい」
「ああ、あれですか。あれは伯爵の荷物ですよ。このジブラルタルへ寄った時はいつも必ずあれを船に積んで城へと持っていくのです。なぁに仲はただのぶどう酒に使い終わったぶどうの皮なんですよ」
 ぶどうの皮?いったいそんなもの何に使うのかしら。
「さ、明日は早くに発たれるのでしょう。もう眠りについたほうがよろしいですよ、奥様」
「奥様だなんて」
「照れなくてもいいでしょう。貴女は真にお美しい、パーティーの間見ておりましたがログナーの妻として申し分ありませんよ」
 照れてしまう。私は彼に追い返されるような形で部屋へと戻る。部屋では伯爵が起きていた。どこか空ろな瞳でこちらをじっと見ている。
「エルザこっちにきなさい」
 両腕を広げて私を呼んでいる。なにも考えられなかった私は彼の胸に飛び込む。いつもは冷たい伯爵の身体がやけに熱く感じた。ワインを飲んでいるから?それとも私を感じてくれているから?淡い想いは突然のキスで吹き飛んでしまった。情熱的なくちづけだった。私は再び彼の瞳に心を奪われ一緒にベッドへと倒れこんだ。炎の中に飛び込んだように熱く燃えている伯爵の身体に私の心も燃えるようだ。彼の掌が私を求めてくるのがわかった。
「エルザ、好きだよ」
 伯爵の優しい声が私の耳を犯す。私は胸を揉まれ身体のすべてを触られている。これで見も心も彼の者になるのだと思った。私は彼に愛していると返事をする。伯爵の笑顔がうかがえた。
 もう何度目だろうか。伯爵は私の首筋を舐めていた。私の首は彼のキスでおそらく真っ赤になっている。伯爵は私の身体をまさぐるように撫でるだけでそれ以上のことはしなかった。私だって男と女がすることは心得ている。しかしいつまでたっても伯爵は私の身体を貫こうとしない。私自身からそれを願うのは恥ずかしく出来なかった。
 このままで時間が経つのかと思ったときである。伯爵の身体が急に震えだした。その震えが寒さや恐怖から来るものと違うのはすぐに察した。ガクガクと震える姿は奇異なもので私の身体から離れた。眼を見ると白く上を向いている。歯を食いしばって必死に耐えているようだった。
 ただごとではないと私は部屋を飛び出してトーマスを捜す。彼もこの屋敷にいるはずだと私は大声で叫んだ。近くにいた部屋からは何事かと人が飛び出してくる。そのなかを掻き分けてトーマスがやってきた。彼に伯爵の様子を伝えると私の手をとって一緒に部屋へ入った。
 伯爵の身体は骨が軋む音を立てて痙攣していた。意識は無いようだった。今にも身体の内側から破裂するのではないかと思った。トーマスは伯爵の口に布をあてがうだけで他に何か特別なことをしたようには見えなかった。次第に伯爵は落ち着いていく。目を閉じ眠りについていたようである。
「久々の痙攣か。エルザ様、伯爵の身体はどうでしたか?熱くありませんでしたかな。もしそうだったなら少しばかり気を使っていただけませんか」
「なぜです?」
「痙攣の兆候なのです。なぜ、こうなるのか私どももわかりませんが伯爵の身体が熱くなるとこうやって内から何かが出てこようとするのです。軋む身体はそれに耐えることはできますが眼を覚ますと酷く疲れたようになっていて全身の筋肉も強張っているのです。ただ一番怖いのは自身の知らぬ間に舌を噛むことだ、誰も知らない間に一人きりで死ぬのもかわいそうだしな。だからエルザさま、伯爵の身体が熱いときはあなたが傍で介抱してやってくだされ」
 伯爵は寝息を立てている。今さっきまであれだけの苦しみに耐えていたとは思えない。寝顔は安らかであり落ち着いている。それを奇異に見ることは無く私はそんな伯爵だからこそ一緒にいよう、私が傍にいるのだと決めた。
 夜が明けたのはそれから私が眠りについてからすぐだった。静かに寝息を立てて眠る彼は本当に美しく私はその顔に惚けていた。時間も忘れて私はずっと彼の手を握って傍にいた。さすがに緊張の糸が切れて彼の寝顔を見ていると私も自然と寝たようだ。朝陽で眼が覚めると伯爵は頭のてっぺんからシーツをかぶり陽を避けていた。でも私の手は握ったままだったのが嬉しかったのだ。
「おはよう、エルザ」
 昨夜のことも何事も無く私に向けられた一声。低い彼の声で私の意識がハッキリとする。
「おはようございます、あなた」
 苦手なはずの陽の光を浴びながらシーツをめくる。現れたのはしかめっ面ではなく彼の精一杯の笑顔だった。
 ほんとうに、ほんとうに美しい。
 私たちはラウール氏に別れを告げて再び船に乗り込んだ。昨夜見た伯爵の積荷が気になったが彼はそれを教えてくれることは無く再び眠りについた。
 船の上は特に何もない。しゃべり相手もいない私は船室の外へと出て潮風に当たろうとした。遠ざかっていくジブラルタル。ラウール氏の邸宅はすでに見なくなっていた。風は少しばかりきつく私の髪がゆらゆらと煽られる。
「昨日は疲れたかね」
 背後からの声に振り向く。そこにはトーマスが髭を指で押しながら立っている。彼のクセなのだろう傍に近寄ればじょりじょりと音を立てているだろう。
「そんなことありませんわ。私はただパニックになって叫んでいただけですもの。一番の功労はトーマスさんですわ」
「ハッハッハッ。でも伯爵の異変のあと朝まで付きっ切りでしたでしょう。私は舌を噛まないようにして、はいそれまで」
 私たちはふたりして笑いあっていました。そのあと少し談笑し私もと眠りにつきました。伯爵の隣は少しばかり冷えていました。人が寝ていればその場所は暖まると思っていましたが彼の場合はやはり少しばかり特別なのでしょう。
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Author:之ち
之ち(ユキチ)

小説中心に活動中。
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大阪在住・12/28生
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