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第八話

 スロバキアに着くと船は城の傍にある湖まで続く河を渡っていく。トーマス氏によると私達の乗っている船は伯爵の所持するものであり身体の弱い伯爵が他の国へ向かうときに使用するのだとか。河は湖にまで繋がっており近隣の村のそばを通ることになる。
 その村の傍を通るときだった。私は風に当たろうと外へでるとなぜか村人たちがこちらを見ていた。それも皆一様に膝をつきこちらに祈りを捧げている。神をあがめているのではないことは彼らをみればすぐにわかった。どの人も肩を震わせているのだ。これでは気味が悪い。
「気にしないでやってくれ。彼らも悪気があってあんなことをしているわけじゃないんだ」
 トーマスが私の隣に立っていた。彼はいつもと同じように顎鬚に手を当てて話を始める。私はその言葉に耳を傾けた。
「伯爵が産まれる以前のことだ。私もまだ幼くこの地にやって来る前のことなんだがね、伯爵が産まれる少し前に疫病がはやったらしい。彼らの飼っていた家畜の何匹が死んだ。それどころか村人たちは悪魔を見たなんていう者も現れたらしい。そこで村の、ほらあそこにいるジプシーだ、彼がこう言った」
 指の指す方向には一人だけ椅子に座った老人がいた。村人たちのなりとは少し変わったお爺さんだった。
「あの城に悪魔がとりついた」
 あの城というのはもちろん伯爵の城だ。トーマスは話を続ける。
「間もなくして伯爵は産まれた。出生後は家畜を襲っていた疫病も姿を消していた。村人たちが見たという悪魔の姿も見なくなっていた。その頃の話を私が考察すると城の後ろにある湖から河に掛けてなにか菌が繁殖したのだろう。家畜の水分を補給するために河の水を飲ませていたと聞くから病気の原因と見て間違いない。ちょうどその頃、先代が城の補強やらで工事を行っていたと聞く。工事中にでた腐敗物が河を下った、それを家畜が飲んだというわけさ。無裏人が見た悪魔なんてのは恐怖心からくる幻視だったんだろう」
 私たちはその河の上を渡っている。
「怖いかな?」
「いえ、そんなことはありませんわ」
「話の続きだがね。私が城へやってきたのはそれから数年間経った後だ。先代は村人たちにも慕われていてね、それはログナー様も同じなのだが信仰心のようなものが今は無い。近隣から遠方まで幅広いところから奉公人として人を集めて城で雇っている。そこで知識と能力を養った者たちはまた別の場所へ働きに行く。城へつけばすぐに会うことになるよ。伯爵の病気が発症したのは十になるかどうかといった頃だった。先代は彼の身体を治せる者はいるかと必死になって医者を探した。ほうぼうだ、それこそ全世界から名のある医者を集めたが彼の身体は直ることは無かった。そんな中、私と私の先生が呼ばれたのさ。まだ駆け出しだった私は先生とともに治療できないかと躍起になった。でもね、出来なかったんだよ」
 トーマスがタバコをふかした。彼の瞳が虚空を見ている。一息吸って吐く。先程こちらを拝んでいた村からは離れていた。森や谷から流れてくる緑の香りが私たちを包んでいく。
「伯爵の身体に宿っている病気というのは幾つ物症状となって見える。ひとつは陽の光だ。私たちが今浴びているこの光が身体を焦がす。肌が弱く太陽の光で燃えてしまう。彼の身体には陽に焼けてできた焦げ後が幾つも残っている。だから今もああやって船の中にいる」
「やはりあの白さも関係あるのですか?」
「おそらくな。血管が浮き出ているからね、関係ないとはいえないな。そしてもう一つ、ジブラルタルでの夜に起きた発作だ。最近では殆ど起きていないがああやって、全身が折れる寸前まで痙攣する。あとで彼に聞いたところあの発作の間のことは覚えていないらしい。何も知らない人間が彼を見れば狂人や悪魔と見えるかもしれない。でもね、彼を知っている人ならこう言うよ。極めて温厚で優しい紳士だと」
「そうですわね」
 私は部屋で寝ている彼を愛しく想った。これから始まる新しい生活はおそらく楽しいことだけじゃないと想像できる。前方には伯爵の城が見えてきた。湖を背に聳え立つ大きな城は光を一身に受けている。美しく雄雄しき城。そう、ここで新しい生活が始まる。
 船は湖で航海を終えた。湖から城へ伸びている桟橋を渡っていくのだがその時とても赤くとても大きな樹を見ました。私はその姿に禍々しさと神々しさの二つを憶えた。城は湖との間に大きな崖を挟んでいてその崖には緑はなく痛そうな岩が見えている。その崖に張り付いているようにみえる大木はまるで城に根を持ち天を仰いでいる。
「すごいだろう、エルザ。あの夜では見えなかっただろうがこの赤い樹は私の城のなかでもっとも美しい樹なのだ」
「凄いなどというものではありませんわ。私これまでに父とともに様々な場所へ旅行しましたがあのような樹はみたことありません」
 伯爵は日傘のもと私の肩に手を置いて樹を指で指しました。
「あれは私の生まれる以前からこの城に宿っている樹でね、根元は三本なのだ。その三本の樹は城から抜け出し絡み合いながら空を目指してああいった形を作り出している」
 樹は伯爵の言うとおりで崖から出てきた気が歪曲し身をよじる様に空へ向かっている。その先は花を咲かせるのが普通の樹だが葉っぱ一枚すらない。ただ先のほうが分裂し大きな花の形を作り上げている。色は赤々しく変色していて根元の色とは別所苦になっていた。
「さぁ城へ戻ろう。あの樹はこうやってしたから見る物じゃない。上から見ればもっと素晴らしい花を見ることが出来る」
「上から見ることが出来るのですか」
 伯爵はうなずく。下からでは大きな影となって全体が見えない。赤く変色したような先っぽを確認できたがその表面はどうなっているかまで見えない。伯爵の言うとおり花の形をしているのはわかったがそれがどのような者なのか想像でしかない。私は早く見たいという気持ちに押されるように伯爵とトーマスのふたりとともに城へと向かう。
 桟橋は非常に頑丈にできているらしくジブラルタルで受け取ったとされる荷物が隙間無く運び込まれようとするのにも拘らずびくともしていなかった。ただその荷物を見たとき私は少しばかりひやっとした。荷の正体は黒い棺でした。誰のものなのか怖くなりましたが伯爵はあの棺の中にこそ受け取ったものがあるだけで棺は使わなくなったものを利用しただけだと私に語りました。
 桟橋を上がると緑豊かな正門前へ続く小脇道が続きます。そこから見ることの出来る庭は優雅な者で赤い薔薇が天から降り注ぐ光を一身に受けて輝いていました。
「お帰りなさいませ、ログナー様、トーマス。そして、ようこそエルザさま」
 背の低い鷲鼻の執事が私たちを迎えてくれる。
「やあイゴール、私の留守中なにかあったか?」
「いえ、万事旨く運んでおります」
 伯爵はそれだけ言葉を交わすとすぐに城の中へと入っていく。私とトーマスだけが一緒に行動していくのだ。代わりに城からは何人もの下男が現れて船からの積荷を持ち運び始めた。
 城の中は夜会のときとは違っている。あの豪華な飾りはあるもののしんと静まっていて以前の華やかさはいっさいがっさいなくなっている。当然のことだが城へ入る光の少なさで薄暗く少しばかりさびしく感じた。
「さてエルザ様には城のことも話さねばなりませんがどうなさいますか」
 イゴールが私たちに加わりともに歩く。私たちは伯爵のあとを歩きながら通路を通ります。城の中には明るさを補う蝋燭のともし火があった。蝋燭は細長く絶えず陽をゆらゆらと灯しています。
「まずは赤い樹をエルザに見せてやりたい。その後私は休むよ。二人も船旅で疲れているだろうから休むようにして説明などは明日でも構わないだろう」
 わかりましたとだけ言うとイゴールはその場で立ち止まり振り返ってどちらか別の場所へといってしまいました。
 私達三人は薄暗い通路をずっと歩き階段を登りその先をまた歩いてまた階段と迷ってしまいそうな道をほとんど会話もすることも無く歩きました。どのようにここまで来たかはわからなくなりこれでは一人でいると迷子になってしまいそうだと思いました。
「ついたよ」
 伯爵はそういって目前の扉を開きます。暗い道を進んできた私は開かれた隙間から盛大に注がれてくる光に眼が眩むようです。眼が慣れてその先を見れば私の気持ち全てが一瞬で華やかになってのです。そう、さきほどまで下から見上げるだけだったあの大木が今私達の目の前にある。その大きな姿に圧巻されまたそれ以上に心が躍ったのです。
「美しいですわ、伯爵」
 私は駆け出しその大きな赤い花を見ました。根は三本されど眼前の花は幾十、幾百の樹に分かれており丸く広がっているのです。それはこれまでに見た全ての花よりも美しく見えます。
「君に見せたかった。私の自慢の花だからね」
 その美しさはもはや全てを奪われてもいいとさえ思えるでしょう。私は伯爵の胸の中でうっとりとしました。そう、時間の続く限りいつまでも、いつまでも。
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2013-01-10 : 小説 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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之ち

Author:之ち
之ち(ユキチ)

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