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第十話

 私がこのトランシルヴァニアへやって来て一週間ほど経った頃。まだ屋敷に慣れていこうとしているときの朝のこと。女中のマチルダが部屋へ突然入ってきた。彼女は頬をにっこりとさせて不気味なくらいの笑顔で私を起こすと即座に立たせて着替えるひまもなく衣装室へと通したのです。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「伯爵様より奥様へのプレゼントですわ。早くこちらのドレスに着替えてホールへ」
 私は下着以外の衣類を全て剥ぎ取られ彼女が用意していた黒のドレスに合うようにと髪のセットから化粧までされます。まるで自分がお人形になったように自分では何一つさせてくれず女中たちの手さばきで変化させられました。
 用意されていたドレスは上から下に至る全てがシンプルで線の薄いものだった。スカートなんて薄い生地を二枚重ねた程度で走れば隙間から足が覗いてしまいそうなくらいだ。そればかりか肩の辺りは二本の肩掛けと鎖骨と肩の骨の間からなる布地の少ない物で私の白い肌は胸元から見えるほど。胸の辺りには何本もの糸を左右に交差するようにあてがわれていて視線をとめるようにはしているけれど少しばかりいやらしい。でもそこから胸元中心に銀のとても美しい施しが行われている。
「このドレス、お高いのでしょう?」
「どうでしょう、お高いと思いますが……。伯爵様はイギリス、フランスと場所も人も選ばず裁縫と技師でのみ選んで作り上げたとおっしゃっておりましたからそれはもう高価な物でしょうね」
 胸元の銀細工は私が見ても解るほどの高価な物だ。それは薔薇、水仙、百合と三つの花をモチーフにした代物で三本の花は私の胸で咲いている。
 腰だって驚くほどに締め上げられて細くなっている。この薄く細い腰なら簡単に折られてしまいそう。
「さぁさぁ、ドレスの価値なんて気になさらないで早くその姿を伯爵様に見せに行きましょう」
 手を取られて連れられていく。女中たちは年頃の少女たちと同じようににこやかに微笑みながら私を連れだって屋敷をかけていく。こんなふうに自由な彼女たちを見たことは無かった。
 ホールは珍しく太陽の光を通しておりその光は唯一つの椅子に注がれている。その周囲を囲むように伯爵たちが立っている。伯爵は私たちに気付くとすぐにこちらへやって来る。彼自身は特別何か着ているというわけではないようだ。後ろにいるトーマスやイゴールもそれは同じみたい。
「やはり似合っているね。私の目に狂いは無かったようだ」
「これは一体?」
 伯爵は私の手を取り例の椅子へと歩き出す。女中たちは目を輝かせながら私たちを見ていた。誰も何も言わずに私たちのほうへ視線を向けるだけで私にはこの状況がわからず混乱しそうだった。そして説明も無いまま椅子へと座らせられる。ちょうど太陽の光が私の背中を暖めるように指している。
「私からエルザへのプレゼントがあってね。ダリオ、いいぞ。入ってきてくれ」
 伯爵がホール全体へ響かせる。その言葉に反応して扉が開くとそこには背を曲げた小柄の男が現れた。大きなリュックを背負ったその男は口の周りを髭だらけにしていて確かな年齢まではよくわからない。徐々に近づいてくるが三十より上辺りで細い目をしているなというくらいにしかみえない。彼は私達のいるところより少し離れた場所で背負っているリュックをその場に降ろすと中の荷を広げだす。その途中彼の手がとても繊細な指をしているのに気付いた。そして荷物が姿を表すと私はそれが何か解った。
「肖像画ですか」
「ああ、そこを見てごらん。私や父の物があるだろう、あれもこのダリオが描いたのだ」
 伯爵の指が指すほうを見る。そこには二枚の肖像画が置かれている。一つは白髪のおじいさんで椅子に座り正面から描かれている。威厳たっぷりのその人物が伯爵のお父様だろう。その隣で並ぶ画には今、私の隣で微笑む彼と同じ姿の伯爵が描かれている。それがいつ描かれた物かはわからない。
「さてログナー様。そのお嬢さんじゃがもう描いていいんかの?」
「かまわないぞ。ただし美しく描いてくれ、私の妻なのだ」
 伯爵たちは私の周りから去り皆でダリオの後ろへと回る。つまり私は何人もの人に見られていることになる。さすがに女中たちは仕事のために部屋へと戻っていくことになったが三人の男たちはじっとその場を動かない。一時間程度は我慢してそのままいたがさすがに緊張が続くと私よりもダリオのほうが先に口を開いた。
「悪いんじゃが出て行ってもらえんかのう。この嬢ちゃん、緊張して辛そうじゃ」
 三人は互いに顔を見合わせて苦笑いをしながら出て行く。私は何度か振り返ってこちらを見る伯爵へ向って小さく手を振った。すると彼も同じように手を振ってくれる。彼らが姿を消すとホールは静寂に包まれダリオは少々の会話も無くただ自分の仕事に従事し始めた。画のモデルという者は大変で少しでも背を緩めたりすると強い視線が私に向って「戻しなさい」と活を入れているように見えた。でもダリオの傍に置かれた伯爵の肖像画を見て私は少しだけ頬を緩めたときだ。ダリオの目が驚いたように思えた。彼は手の動きを早めていく。私はどういうわけかはわからなかったが時が過ぎるのを待つ間、伯爵の肖像画を見つめていた。
 お昼頃になると私は朝から何も食べていないことに気付く。起きてすぐに着替えさせられここへ来たのだから当然でお腹の虫がなってしまうのもまた当然のことだった。ダリオは「はっはっはっ」と髭を大きく書き分け開いた口を見せて私に休憩にしようといってくれた。私はどんな風に描かれているのか見たいと申し出たがダリオは完成するまで他人には見せられないと頑なにそれを見せようとはしなかった。ホールから出ようとするとマチルダがやって来て昼食は庭でと言われる。いつも起きる時間が曖昧な私はそれも面白いとその提案に乗った。庭は花が咲き誇っているのは良いことでけどドレスが汚れてはいけないと一度着替えさせられたのは面倒だった。流れる雲を見ながらの昼食はとても気分が良かった。マチルダに伯爵はと問うとどうやらさきほどホールを出て行った三人は全員寝ているらしい。食事を終えて二杯目の紅茶を口に運ぼうとしたとき屋敷の外から何人かやってきた。マチルダがその集団を迎えに向う。その光景を見ているとどうやら屋敷に来たのは皆若い女性ばかりでまだ十五に満たないような少女もいる。彼女たちは背中に荷物を抱えていて私に向って礼をすると屋敷の裏口があるほうへと一斉に動いていく。不思議な光景だった。暫くしてマチルダが戻ってくる。
「彼女たちは奉公にやってきた方たちですわ」
 どういうことかと聞くとマチルダは話を続けていく。
「私をはじめ、このお屋敷には何十人もの働き手が下ります。トーマス様やイゴール様のような伯爵様のお傍におられる方以外に様々な役割を当てられています。彼女たちは女中の役目をになうことになるのです。これは伯爵さまがお決めになられたことなのですが近隣、果ては遠い国から貧しい者、働く場所のない者を自分のところにおいて働かせる。そしてその間に手に職を持ってまた別の場所へと働きに行かせるのです。ここで働ける者達は幸せですよ、言葉も字も生きていくのに必要な者を全て与えてくれるのです」
「じゃあマチルダもどこか別の国から来たの?」
「私はイギリスから着ました。私は小さい頃からさる貴族の方の元で暮らしておりましたがその方が亡くなった後は行き場がなくなってしまいまして……どうしようかと思っていたところを伯爵様に拾われたのです。伯爵様はいいお方ですよ、奉公にやってきた子達はまた何処かへと行きますが手に職を持っていればなんとかなるものです」
「メアリーやルイスもいなくなってしまうの?」
 今朝、私の姿を見て微笑んでいた二人を思い出す。使用人は彼女たちくらいしかしらないけれどだからこそいなくなってほしくなかった。
「ええ、二人は先程、故郷へ帰りましたわ。でも悲しいことではないのですよ。むしろ良いことです、ずっとここにいるより故郷で暮らせる力があるならそれに越したことはありませんわ」
 私は何一つ知らずに二人と別れてしまった。悲しさが溢れる中あの笑顔は一体何を意味していたのだろうか。もしかするとこれで帰られる、やっとここから出て行けるなんて思っていたのかなと考えてしまう。せめて別れの言葉だけでもかけてやりたかった。
「使用人に心を持っていかれないでくださいね」
「え?」
「何も無感情になれなんて申しませんが奥様はログナー伯爵様の妻です。使用人のことなど気になさる必要は無いのですよ。それにこの屋敷には貴女を嫌いな人間は一人としていませんわ、保障します」
 マチルダの手が肩に乗る。彼女の暖かなぬくもりは心地よかった。
「さ、お食事も済んだところでお着替えにしましょう。ダリオ様もお待ちですよ」
 私はまたあの苦しいドレスに身を包むと考えると少しばかりおかしくなって笑ってしまった。それにつられてマチルダも笑ったので私たちは二人してしばらくの間、笑っていた。
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2013-01-12 : 小説 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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之ち

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之ち(ユキチ)

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