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第十一話

 風が冷たくなってきたと感じる夜のこと。私と伯爵はいつものように僅かな時間を大切にしながら話をしていた。月は私達の傍らにそっと姿を映している。それはいつもの風景だったが伯爵の表情はどこかさみしげであった。なにか言おうとする気配をみせては消えまた見せようとする。私はもどかしくなってそれを問う。すると伯爵は一言「明日の夜、一人、客が来る」と言った。なぜ、その程度のことでとさらに問うと今度は沈黙するの。
 伯爵はゆっくりと私に説明をはじめていく。その内容はいい話ではなかった。やってくる客はどうやら両親を亡くし身寄りの無くなった貴族のお嬢様とのこと。その女性の父親と伯爵が古くからの付き合いであったため独りぼっちになった娘の身を案じ少しの間、あずかることになったのだ。なにせ今まで好き勝手に遊ばせていた箱入り娘なのだから一人で生きていくなどできるはずも無い。両親の葬式は友人たちが手伝ったため何事も無く無事に終わったらしいのだがそれが済めば皆、手を貸さなくなった。そこへ手を差し伸べたのは伯爵である。私は思った、善き行いだと。しかしなぜそれを口渋るのか。
「明日の昼、私は仕事で少しばかり城を留守にしなければならないのだ」
 私は唖然とした。しばらく考えが止まる。
「彼女を預かるといって言い出しておいて自分は仕事だからといなくなる。勝手がすぎるがこれもまた仕方の無いこと」
「いつお戻りになられるのですか?」
「それほど長くは無いだろう五日…もしくは一週間か……」
 私が肩をすくめると伯爵は肩を抱いてくれる。彼の手は冷たかった。でも心の中は熱いと解っている。それは彼の瞳を見れば一目瞭然だもの。両の瞳に私の姿が映っている。
「私が帰ってくるまで一人で大丈夫かい」
 彼を心配させてはいけない。そう思ってうなずく。離れるといっても長くて一週間、そのくらいへっちゃらよと彼に言う。
「お客様もいらっしゃるのですよ。一人ではありませんわ」
「そうだな、イヴはいい子だよ。きっといい友達になれる」
「イヴ、というのですか」
 うなずく伯爵。私たちはこの夜、最後の会話を楽しみ、朝を迎えた。話のとおりに昼頃になるとトーマスを連れて伯爵は船によって城を出て行かれました。船を見送りながら夜に来るイヴという女性を待ちながらダリオ氏の元へ向いました。
 肖像画の進行は順調ではないようでダリオ氏は筆を持って描こうかとすると腕を止めてじっと私を見つめます。いつもどおりにしているだけなのに彼には私が伯爵と会えないで寂しいと思っていることが見えているかのよう。時折、筆を動かしてみてもやはりすぐに停めてしまいます。そして野暮ったい髭に指を這わしてあれこれ考え事をしている。そんなことを繰り返すうちに陽は落ち私の元にあった太陽の光は薄れて画を描くような雰囲気ではなくなってきました。
「駄目じゃな…今日はこれで終わりにしよう」
 彼は未完成の肖像画に白い布をかぶせて立ち去っていきます。以前、私がどんな風になっているか見よとしたときそれがばれてしまって大変怒られました。彼は画に関しては本当に神経質で完成するまで絶対、他人には見せないそうです。私以外にも画を除こうとした人達がいましたがその都度、ダリオ氏が怒っていた。そんな光景が過ぎ去っていく中、夜闇が城を覆っていく。
 城の外がやけに騒がしくなってくる。森のほうからは狼や鳥たちの咆哮が木霊する。ここへやって来てはじめてのことだ。なにか嫌なことが起きそうだと不安になる。どうか伯爵のいない間、何事も無く過ぎますように。
「奥様、お客様が来られましたぞ」
 イゴールがやって来て知らせてくれる。伯爵の留守中イゴールが城の動きを統率している。お客人と挨拶をするため私は少し緊張しながら出迎えに行く。
 黒髪に黒のドレス。赤い瞳をした女性が立っている。黒の影から白い細く華奢な身体が彼女を美しく魅せている。
「はじめまして、イヴと申します」
「エルザです。ようこそ」
 彼女の声は小鳥のさえずりの様に小さく穏やかだった。手にもっと荷物を女中たちに預けると私たちはイゴールと共に夕食へと向った。
「ログナー伯爵は?」
「伯爵さまは本日、仕事で出かけられました。戻られるのは一週間後になられます。ささ、まずは食事にしましょう。冷え切った身体を温めるには一番ですぞ」
 彼女は少し暗い表所をしたのがわかった。不安なのは当然。イヴは私の手をそっと触れてくる。
「このまま手を繋いでもいいですか?」
 私はうなずく。外は相当冷え込んでいたのだろう。彼女の手は冷たい。雪のように白く冷たい彼女の手を私はそっと握る。大丈夫よと心を込めて。
屋敷の中も冷え込んでいる。でも扉を開ければすぐにまきのばちばちと燃える音が聞こえ部屋のぬくもりを伝えてくる。私たちは向かいあうように席に座る。何日ぶりかの誰かとの食事に私は嬉しくて仕方が無い。席についた直後、再びドアが開かれて女中たちがやって来る。私ははじめて見る顔ばかりで少し緊張してしまう。
「まぁ、美味しそう」
 差し出される料理はこの土地の風土料理ばかり。イゴールはイヴが来るにあたって近隣の村より飛びっきりと物を集めたと語る。皿の上には上等な肉やママリガまでテーブルの上いっぱいに並べられる。
「こんないっぺんには無理ですわ」
 イヴの顔がほころぶ。なんて可憐なのだろうか。私は彼女に少しながらも惹かれている。それは彼女への同情心なんかじゃない。まるで少女のような笑顔に心が揺らいでいく。私はたぶん伯爵のいない不安や悲しさを他の誰かに頼ろうとしているのかもしれない。気分を紛らわせようと私も食を取る。イヴがこちらを見て微笑んでいた。
「どうかしたの?」
 彼女は首を横に振って口元を拭く。唇は血のように濃い赤をしているのが印象に強く残る。なんでもない行動が妙に後を引く。
「エルザさまのお美しさに見惚れていただけですわ」
 私はそれを笑って流す。きっと冗談なんだろうと。けれど彼女はその言葉に嘘は無いのか、それとも私をからかっているのかあやふやな態度で終える。私たちは用意されている料理の半分程度を食べると部屋を開けることにした。屋敷に滞在中、イヴは西側にある客用の部屋を使うと説明を受ける。
 ただいきなり一人にするのは心配だとイゴールが言うので私は彼女と一緒に夜更けまで会話をしていた。その会話の中、私は彼女のこれまでや故郷の話を聞いていたのだがいくつも妙な違和感を覚えていた。まず彼女の故郷というのは生まれた土地ではないようで、物心ついた頃に移住をして両親が死ぬまではフランスの田舎町でくらしていたらしい。伯爵とは私が聞いたとおり親が旧友だったことが知り合う原因とのこと。私よりも前から伯爵と知り合いで彼とは様々な場所へともに旅行へと出かけたこともあるらしい。その話を聞いているとまるで伯爵とお付き合いをしている方のように思えてどこかさびしくなりました。
 初の夜は彼女の身体も気遣ってきりのいいところで会話を止めて眠ってもらうことにした。私はこちらへ来てはじめて気兼ねなく会話できたので嬉しく思って夜明けまで話し込んでしまいそうだった。そして部屋を出るとき彼女はベッドの中から声をかけてきた。
「でも良かったわ。貴女のように可憐な人で」
「可憐だなんて」
「私もあの人の事が好きだったから変な女に取られるのだけは簡便ならないのよ」
 否定しようにも彼女の目はどこか虚ろで何もない宙を見ているようだった。確かに私を捉えているように見えたのだがその瞳には私は移っていないようにただ虚空をみている。
「私は合格?」
「ええ」
 イヴの微笑みはとても愛らしく私に映った。
 翌日、私は身体の調子が良くないのか気だるいなか起きるとすでに昼食の準備がはかどられていた。この城ではなにか用事が無い限りは朝に起きるという風習が無い。私は此方へ着てからもう毎日、昼過ぎに起きている。イヴはどうしているかと屋敷に降りた時通った女中に声をかけるとまだ起きていないと返事が返ってきた。きっと昨夜の疲れがあるのだろう。あの冷えた夜を一人でこのような場所までやってきたのだから当然だ。それなら朝の挨拶よりも前にダレル氏に会いに行こうと画のところまで向いました。いつもなら私が来るのをまだかまだかと待っている彼の姿が無い。そこには微動だにしていない彼の道具が並んだ状態で誰かが入ってきたという痕跡もなかった。私は屋敷中の女中に聞いてみたがダレル氏はまだ屋敷には現れていないらしい。そうこうしていると私は少女の声で足を止めた。
「おはよう、エルザ」
 眠そうに目を擦りながら彼女がやってきた。昨日とは違っていたけれど黒の服を着ている。それが屋敷自体の暗さと相まってまるで溶け込むよう。黒い闇の中で赤くイヴの瞳が光る。
「どうしましたの、こんなところで?」
 私が肖像画のことを話すと彼女は両の手を胸の辺りであわせると「それは素敵」と言ってくれた。私もそう思う。けれど私はもっとほしい物がある。
「でもエルザ様はどこか虚ろ…」
 その一言に驚く。イヴの前で悲しいような顔をしたことはなかったはず。それとも気丈に振舞ったのが逆効果だったのだろうか。私が驚いた瞬間を狙ったようにイヴは私に手を差し伸べる。その手は頬へと伸びてくる。
「だってログナー様はここにいないのですから」
 彼女の手は冷たく頬にトゲが刺さるようです。時間さえも凍りつくような気がした。私たちはこの数秒、いえ数分間をじっと見つめあっていた。すると止まった時間が扉の開く音で再び動き始める。
「奥様、ここにいられましたか」
 扉半分ほどの背のイゴールがやって来る。額には少々汗が滲んでいるようだ。彼が入るとイヴは私の頬から手を離した。イゴールがこちらへ向ってくる早さがいつも以上だとわかる。どうやら何かあったようで私がそれを訪ねると彼が行方知れずのダリオ氏について語りだした。
 今朝のこと。私達がまだベッドの中で睡眠中だったときから屋敷の中でダリオ氏が身体の不調を訴えたらしい。なんでも嫌な夢を見たとかなんとかで心に不安でもあるのかと思ったようだったが身体を起こしておくことすらできないと彼自身が言って近隣の村に行ったのだ。イゴールは彼の身を按じて付き添って出計らっていた。その間、ダリオ氏から夢の話を聞いたのだがその話がまた奇妙な夢だという。夢の内容は深夜、目が覚めて喉が渇いて水を飲みにいく。すると全員眠りについているはずの屋敷のなかで妙な影を見たのだという。その影を追いかけていくとあの赤い樹の辺にいたのだ。そこでダリオ氏は強烈な痛みで目が覚める。その影や強烈な痛みというのが何かはわからないがその夢を綺麗に憶えているらしい。私はその夢の話を怖く思いながら聞いていたけれどイヴは私の隣でくすくすと笑っていた。
「だって夢でしょう?気にする必要なんてないわ。お体もすぐ良くなるわよ」
 彼女に悪意は無いのはわかる。無邪気に笑う子供の様でもあった。私は少しばかり彼女を怖く思う。だって瞳は笑っていなかったのだから。
 月が昇るころ屋敷の屋上でイヴとであった。いつもは伯爵が月を見上げている場所だった。彼と少しばかりの会話を愉しむ場所。そこでイヴは同じように月を見上げていた。いえ、正確には月ではなく麓の赤い樹を見ていた。
「この城は広いわね。小さい頃から何度かやって来たけれど慣れないわ。エルザはどう?まだ道に迷う?」
 イヴの手にはワイングラスがあった。ふと気付くと足元には二本の瓶が転がっている。ほんのりと赤く火照った彼女の顔ではっきりとわかった。
「ワインじゃない。飲んで大丈夫なの?」
「たいしたこと無いわ。エルザも飲みなさいよ、誰にも気兼ねする必要なんてないのよ。ここは貴女のお城でもあるのだから」
 本当に子供のように言う。足元も覚束無い様子。それでも私のほうへやってこようとするのだから危なっかしい。ほら、みたことかと躓きそうになる。
「イヴ、あなた酔ってるわね」
 肩を貸すように私は彼女の身体を支える。なんて軽いことか。お酒の匂いをさせながら彼女は赤い樹を指差して言う。
「あの色を見て、足元のあの花よ。赤い色はなんて艶のあることか…エルザ、貴女もそう」
「私?」
「貴女のその唇。真赤でとても素敵」
 まるで魅了されていくかのようにイヴへ引き寄せられていく。徐々にイヴの唇が私に触れそうになる。私ははっと我に帰る。なにをしようとしていたのかと自分でも訳がわからなくなってしまった。後図去る私を見て彼女は微笑むと軽い足取りで屋敷の中へと入っていく。そこにはさっきのふらついていた姿はどこにも無い。イヴはきっと私をからかっているのだ。そう思う。でなければあのような不埒なことをするわけが無い。同姓同士で口付けなんて。
 彼女が来て数日が経った。明日には伯爵が戻られるであろうとされる中、私の元に一通の手紙が届いた。誰であろう、イギリスの実家より届いた手紙の差出人はメイドのリリィである。私は手紙の内容に愕然となる。その内容はとても酷く悲しい出来事で私の心を凍りつかせる。

―――父が死んだ―――

 最初嘘だと思ったがリリィが冗談でこのようなことをするはずもない。私はすぐにイギリスへと向う問いゴールへと告げた。彼もその手紙を読み状況を理解する。私より機転の利く彼だ。すぐに配慮すると答えてくれる。父が亡くなれば当然、会社にも多大な影響が出る。私はそれをどうする事も出来ないのだから纏める者が必要となるだろうなど様々なことを告げられた。そして私自身はそういった事よりもすぐに実家へ戻ることになった。船は私と船員を乗せるとすぐにイギリスへと向う。実家までの航路は心臓が張り裂けそうだった。こちらへくる時とは違って雲は黒くやけに辛気臭く漂っていた。
イギリスで私を迎えたのはリリィと父の部下たちである。皆不安そうな顔をしていた。私が父の事を聞くとリリィが話しを始める。父の乗っていた船が転覆したのだ。船員は十名にも満たない小さな船だった。理由などは一切不明、崖の岩にぶつかり船は粉々に砕け散っていた。近くの浜辺に数人の船員と一緒に父も流れ着いていたようで発見されたときにはすでに死んでいた。部下たちは疲労しリリィの顔にも明るさが無かった。私と父には親族はいない。会社の後見人などもちろんいるはずもなかった。私の不安が積もる中、私の家に訪問客が来たのだ。実に十日ぶりだった。彼の顔を見るだけでその不安は全て取り除かれていく。
「ログナーさま」
「遅くなったね、エルザ」
 私は彼の胸に飛び込む。今まで溜め込んでいた涙が溢れ出す。彼の手が肩を抱きしめてくれる。イゴールの手配はまさしくこれだった。伯爵はすぐに私の父の会社に再び命を吹き込むとそれまで頭を抱えていた部下たちははりきって海に出るようになった。そして部下の中で最も長い間働いてきた者に会社の運営を任せる。全てを任せるのではなく定期的に伯爵はイギリスへ来ると言っていた。私には会社の経営などわからず口を出すことは無かったがただ一つ伯爵へお願いをした。私が小さな頃から一緒にいてくれたメイドをここへ一人で置いていくなんてできなかった。伯爵は私のお願いも聞き届けてくれた。無人となる実家はしばらくこのままの状態で置いておくことにして私たちは再びお城へと戻る。
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2013-01-13 : 小説 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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之ち

Author:之ち
之ち(ユキチ)

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