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第1話 プロローグ

 西暦2072年12月22日

 ルーマニアの山岳地帯を切り開き、建造された広域工場施設内最深部。
 太陽光の届かない部屋の中は、電子機器の放つ緑色のホログラフィック映像の明るみだけで照らされていた。部屋の中央には巨大な鉄の棺桶に似た整備ポッドが置かれている。足場にはポッドと整備用機械とを結ぶチューブが何本も繋がれている。
 整備ポッドには蒼く光る1本線が入っており、そこから中身が覗ける。
 白衣を纏った研究者の代表が覗き込んだ。目つきの悪い、やさぐれた感のある女だった。彼女は愛用の片眼鏡とたばこを口に咥えたまま、じろりと覗き込んだ。
「もうすぐお目覚めのときよ、ルサリィ」
 まるで産まれてくる我が子に囁くような優しい声だった。目元は何一つ変っていなかったが声から彼女の本心が探れる。とても優しく、穏やかな心の持ち主だと。
 整備ポッドの蓋を撫でると冷たい感触が指差に触れる。彼女は蒼い1本線の下を特に強くなぞった。
『S-RX-01-1』
 整備ポッド内の『彼女』を指し示す形式番号が彫られている。彫ったのは整備ポッドを作った機械だが形式番号をつけたのは彼女だ。2052年から20年、これまで製造されたどの製品にもつけてきた。すべて彼女が産みの親である。
 親としての感情に浸っていた彼女の背後で部屋の扉が開いた。
「主任、よろしいでしょうか」若い白衣の男だった。
「整ったかしら?」視線はそのままだった。
「はい。輸送準備完了です。あとはルサリィ本体を乗せればいつでも日本へ旅立てます」
 その言葉を聞くと整備ポッドから放れるとたばこを吸って肺に溜めた。今日、もっとも深い息をしただろう。なぜなら彼女にとって整備ポッドの中身を運ぶことは娘と別れることと同義である。
 今度は視線をホログラフィック映像へ向ける。空中に浮かんでいる映像は体調管理を数値化したもの。すべて正常として判断できる。どこにも異常は見受けられず、ただひっそりと目覚めを待っている。
「よし……輸送開始! ルサリィをお願い」
 彼女がそういうと部屋の外に待機していたのだろう男たちが続々と入ってきた。男たちは無言でチューブを取り外し、8人で整備ポッドを担いだ。彼らに続いて車輪付きの荷台が運び込まれ、苦悶の表情を浮かべながら移す。ほぼ一瞬のことだったが彼らの腕は限界まで酷使されていた。
 部屋から運び出されていく整備ポッド。研究開発主任スオウ・ミカは再度、たばこを吸って見つめていた。彼女がいた部屋の中はがらんとして、足場には機械から伸びるチューブが垂れている。これまで彼女が存在していた事を示す部品を眺めて思う。
 ……あの子の世話をお願いね、ルサリィ。
 エレベーターの扉が開く。この研究施設と外部を結びつける唯一の道である。最後になったスオウも乗り込むと地上ではなく空を目指して上昇していく。輸送用ヘリの待つ屋上は雲に手が届きそうなほど高い場所にある。

 西暦2032年のこと、人類は技術の迷路に迷っていた。生物学から宇宙開発に至るすべての分野で停滞していたのだ。高度に発展した文明も遂に終止符が打たれたかのように見えていた。だが、ある企業が開発したたった1つの技術によって長らく陥っていた迷路から抜け出した。
 企業の名はストリガトゥーレ、技術は人工知能である。
 人間と同様、またはそれに准ずる思考能力を保有する意識データが誕生した。これまで機械部品で製造されたロボットは、単純作業こそ行えるものの人間と同じ働きはできなかった。しかしストリガトゥーレ社の開発した人工知能を持ったロボットは役目を与えれば軽作業から精密作業まで行なう事ができるようになった。
 技術停滞から抜け出した人類は約10年のうちにこのロボット……現代ではアンドロイドと呼ばれる物体を製造、普及させた。苛酷な労働条件であっても彼らは不眠不休のなか働き、人類の暮らしにさらなる繁栄をもたらした。
 2045年のこと、アンドロイドたちにいくつかのバリエーションが製造される。
 危険地域や過酷な労働現場に配属されるD型、企業向けに配属されるC型、一般市民向けに販売されるB型、そして富裕層向けに販売されるA型モデルである。
 D型は以前、機械部品が剥き出しのものが多く、人の形をしたものが少なかった。このタイプは砂漠や極寒の大地、はてはジャングルの中にまで入り込み作業を行なう。人間では不可能な作業も難無くこなしていった。
 C型は主にサービス業の分野に多く普及し、飲食店ではウエイトレスの衣服を身に纏った女性型アンドロイドがどこの店にも並んだ。
 B型はまさに人類の友として玩具としても普及し、パーソナルコンピュータの代わりともいえるべき最新の家財道具となった。このモデルは特に愛玩用としても普及し、持ち主の発想にあわせてカスタマイズが可能となっている。
 A型はB型の上位互換モデルとして君臨し、特に美形と称されることが多い。友ではなく主に愛玩具として使用された。
 愛玩用のアンドロイドは性的奉仕が可能であり、特に性的目的で使用される場合セクサロイドと呼ばれる。
 アンドロイド技術はすべてストリガトゥーレ社が一手を担い、まさにこの世のすべてを牛耳るほどであった。なぜならば世界にはアンドロイドの存在が必要不可欠だったのだ。そしてストリガトゥーレ社だけがその技術を独占していた。
 2060年のこと、アンドロイドによって生活への苦労がほぼすべて解消された。人類は労働の多くをアンドロイドに任せて、遊び呆けていた。ひたすらに快楽を享受し貪る毎日を過ごすばかり。その結果、増えすぎた人類は生活圏を広める事となった。
 中国とロシアの大地に生活居住区を製造しただけでは足りず、海洋上にまで居住区を作り上げた。すべてアンドロイドたちのおかげであった。彼らは気温に左右されることはない。人間では何十年と掛かる作業も大群を率いて平然と達成した。
 2072年末のこと、ストリガトゥーレ社は次代の後継者に一機のアンドロイドを送る。その名を『S-RX-01-1 ルサリィ』。研究開発主任スオウ・ミカの手によって作り出された最新型の女性型アンドロイド。彼女を搭載したヘリはルーマニアの空より羽ばたき、遠くはなれた極東の地、日本へと向かった。
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Author:之ち
之ち(ユキチ)

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